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114/114

114 覚醒


——その時だった。


ひなの身体の奥深く、

これまでとは明らかに違う、

低く、重く、世界そのものを震わせる声が響いた。


「……誰だ」


ズン……


空気が一段、沈む。


「……私を起こすのは」


ミシィ……ッ!!


床がきしみ、

壁に掛けられていたものが**カタカタカタッ!!**と震え出す。


「——無礼者」


その一言だけで、

店の中の“温度”が変わった。


「……出ていけ」


——次の瞬間。


ドォォォォンッッッ!!!


爆発でも衝撃波でもない。

それはまるで、

存在そのものを拒絶されたかのような力だった。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


黒い影は、

ひなの身体から“投げ捨てられる”ように

空中へと叩き出される。


バギィィンッ!!

ゴロゴロゴロッ!!


影は床を転がり、

壁に激突し、

形を保てず、黒い霧となって散乱する。


「ば……ばかな……!!

中に……

中に“あれ”がいたなんて……!!」


影の声は、もはや叫びではない。

命乞いに近い震えだった。


ひなの身体は、ゆっくりと立ち上がる。


目は、閉じたまま。


だが——

その背後に、確かに“何か”が立っていた。


七色の光が、

今度は静かに、しかし王の威厳をもってひなの周囲を包み込む。


嵐は止み、

風は跪き、

闇は身を縮める。


その姿を見た瞬間——


美歌は、迷いなく動いた。


ドンッ


床に膝をつき、

両手を揃え、

深く、深く頭を下げる。


「……ご無礼を」


声は、震えていない。

だがそこには、圧倒的な敬意があった。


「眠りを妨げる事態となりましたこと、

心よりお詫び申し上げます」


黒い影は、その光景を見て、完全に凍りつく。


「な……

なにが……

なにが起きてる……」


返事は、なかった。


ただ、ひなの唇が、

微かに動く。


だがそれは——

ひなの声ではない。


「……まだ、いたのか」


ズン……ッ


たった一言で、

黒い影は床に叩き伏せられる。


「人の器を穢し、

我が眠りを妨げた罪……」


七色の光が、

一段、深く輝いた。


「——軽くは済まぬ」


キィィィィィィ……ッ!!


黒い影の悲鳴が、

夜の底へと引きずり込まれていく。



ひなは、ゆっくりと美歌の方へ顔を向けた。

その動きは人形のように静かで、ぎこちなく、しかしどこか威厳を帯びていた。


けれど――

ひなの目は、固く閉じられたままだった。


次の瞬間。


ひなの額の中央に、ぴたり、と亀裂が走る。

そこから、ゆっくり、ゆっくりと――

人のものではないもう一つの目が開いた。


その目が開いた瞬間、

店の空気が一変した。


重い。

息が詰まるほどに、圧倒的な“存在”がその場を支配する。


低く、地の底から響くような声が、ひなの喉を通して発せられた。


「……私に、何の用だ」


それは明らかに、ひなの声ではなかった。

老いも若きも超え、怒りも慈悲も内包した、神の声。


「始末は――お前たちの役目だろう」


その言葉を聞いた瞬間、美歌の表情が変わった。

「……申し訳ございません」


美歌の声は震えていたが、恐怖ではない。


「この不届きものの無浄霊……

 何も分からぬまま、あなた様のお器に憑依するという、

 取り返しのつかぬ無礼を――」


言葉を選びながら、

一言一言を噛みしめるように続ける。


「すべて、末裔である私の不手際。

 本来ならば、あなた様のお眠りを妨げることなど、

 決してあってはならぬことでした」


額の目が、ゆっくりと美歌を見下ろす。


怒りはない。

だが、そこにあるのは――人知を超えた威圧。


ひなの体を借りているだけだというのに、

その存在感は、場のすべてを支配していた。


美歌は、なおも頭を下げたまま、言葉を続ける。


「どうか……

 どうか、お許しを。

 この無浄霊の始末は、必ず私が――

 鬼子母神様の名を汚すことのないよう、成し遂げます」


ひなの額の目が、静かに細められる。


その沈黙は、

雷鳴よりも恐ろしく、

嵐よりも重かった。


――この場にいる誰もが悟っていた。


今、ひなの中にいる“何か”は、

決して呼び覚ましてはならない存在だったのだと。


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