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112 狂気の激突


ズブリ……


最後の黒い影が、完全にひなの身体の奥へと沈み込んだ瞬間、

店内の空気が一変した。


——重い。

息ができないほど、重く、冷たい。


ひなの身体がぐらりと揺れ、

次の瞬間、顔がゆっくりと上がった。


その口元が、不自然に歪む。


「……これで……」


声はひなのものなのに、

その奥に混じる低く湿った響きは、明らかに別の存在だった。


「これで……お前は、私に手を出せないだろう?」


ハァ……ハァ……ハァ……


荒く、ねっとりとした呼吸音が店内に響く。


「ハハ……ハハハハハハハハッ!!」


笑い声が炸裂した瞬間、

テーブルのグラスが**ガタガタガタッ!!**と震え、

カウンターの引き出しが勝手に開閉を始める。


「どうだ、美歌ァ……!

 この身体に入った以上、

 お前は手出しできない!

 できるわけがないんだよォ!!」


高笑いと同時に、

ひなの腕がバキッと不自然な角度で持ち上がり、

指先が美歌を指差す。


ヒュオオオオオオオオッ!!


突如、店内に嵐が巻き起こった。


暴風が渦を巻き、

椅子が宙を舞い、

紙ナプキンが吹き散る。


ガシャァァン!!

窓ガラスに亀裂が走り、

照明が**バチッ!バチバチッ!!**と火花を散らす。


シュウは床に伏せ、気を失ったまま

店長は柱にしがみつき、

ただひなだけが——

いや、“ひなの身体に入ったそれ”だけが、

嵐の中心に立っていた。


しかし。


美歌は——

一歩も動かなかった。


風に髪をなびかせながら、

そのすべてを受け流すように、

静かに、微笑んだ。


「……あんた、本当にわからないのね。」


その声は、嵐の中でもはっきりと通った。


「自分から……

 死を選んだことにも気づかないで。」


その言葉が落ちた瞬間、


ピシィィィィ……ッ


空間そのものに、

細く、鋭い亀裂音が走った。


黒い影が、ひなの喉を通して叫ぶ。


「なにを……言ってる……!

 黙れッ!!」


再び、腕を振り上げる。


ドンッ!!


今度は先ほどよりも激しい突風。

まるで建物ごと引き剥がすかのような圧力が、

一直線に美歌を襲った。


ゴオオオオオオオオオオッ!!


床が軋み、

天井が悲鳴を上げる。


——だが。


美歌は、

その嵐の中で、ただ一人、

静かに立っていた。


「……だから言ったでしょ。」


微笑みは崩れない。


その瞬間、


ヒュン――ッ!!


空気が裂けた。


刃物で切り裂いたような鋭い風が、一直線に美歌へと飛ぶ。

**ギャァァァン!!**という金属音のような風切り音が、鼓膜を震わせた。


——当たる。


そう思った瞬間。


美歌は、

ほんのわずかに腕を上げただけだった。


パシッ。


まるで、舞い落ちる埃を払うかのように。

片手で、軽く——本当に軽く、

その“刃の風”を払いのけた。


ズシャァァァン!!


刃は方向を失い、

床を抉り、壁を切り裂き、

火花を散らしながら消えていく。


その光景に、

ひなの身体を操る黒い影が、初めて言葉を失った。


「……な……」


次の瞬間。


ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!!


怒りと焦りに任せた刃の風が、

四方八方から、美歌へと叩きつけられる。


ギュオオオオオオ!!

ザンッ!ザンッ!ザンッ!!


空気が悲鳴を上げ、

床が裂け、

天井から粉塵が降り注ぐ。


——だが。


美歌は、

一歩も下がらない。


ひとつは首を傾けてかわし

ひとつは身体を半身にして流し、

ひとつは指先で軽く弾き返す。


パシッ、パッ、トン。


その動きはあまりにも自然で、

まるで嵐の中を散歩しているかのようだった。


そして——


美歌は、微笑んでいた。


「……無駄よ。」


静かな声が、

暴風の中心で、はっきりと響く。


すると美歌は

「力任せに振り回すほど、

 自分が“焦ってる”って教えてるだけ。」


黒い影が、ひなの喉を震わせて叫ぶ。


「黙れッ!!

 黙れ黙れ黙れぇぇぇぇぇ!!」


ドンッ!!ドドドドドンッ!!


最後の力を振り絞るように、

無数の刃の風が重なり合い、

巨大な渦となって美歌を飲み込もうとする。


——しかし。


その中心で。


美歌は、

髪をそっと耳にかけながら、

ほんの少し、目を細めた。


「……もういいわ。」


その一言が落ちた瞬間、

店内の空気が——凍りついた。


刃の風が、

ピタリと止まる。


まるで、時間そのものが

美歌の一声に縛られたかのように。


黒い影の笑い声が、

わずかに——震えた。


「……なにを……」


美歌は、

その影を、真っ直ぐに見据える。


微笑みは消え、

そこにあったのは、

逃げ場のない“断罪”の眼差しだった。

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