110 目覚め
黒い影をねじ伏せるように掴んだまま、美歌が女を睨みつける。
その口元には、冷たい嘲笑が浮かんでいた。
「——あらら。やっちゃったのねぇ。」
女が不敵に笑うと、店の空気がビリ……ッと震え、
足元の破片がカラカラッと震え出した。
美歌が
「ほんと、バカだよあんた。
目覚めさせちゃったんだよ、あの子を。」
黒い影はさっきまでのねっとりしたものとは違い、後退りを始めた
「知らないよ〜。
私じゃ止められないからね。」
その言葉と同時に——
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
床が震え、テーブルの脚がガタガタッと音を立てた。
倒れたままのひなの身体が、突然ほんのわずかに浮き上がる。
そして。
ブワァァァァァッ!!
ひなの胸元から、
七色の光が“火柱”のように弾けた。
最初は小さな揺らめきだった光が、
一瞬で店の天井にぶつかるほど巨大になり、
**バチバチバチッ!!**と雷のような音を立てながら広がっていく。
「な、何これ……っ!」
店長が思わず後ずさり、
シュウはテーブルに伏したまま気を失っていた。
ひなの全身が七色のオーラに包み込まれ、
その色は——赤、青、緑、紫、橙、金、白……
常に形を変え、
グォォォ……ッと脈打つように膨らみ続けた。
黒い影は顔をしかめ、後退りしながら悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……
ま、まさかここまでの力だとは……ッ!?」
もう一方の黒い影も**ギャアアアアッ!!**と喚き声を上げ、
美歌の手の中で暴れ狂った。
美歌はその光景を見つめながら、
苦い表情でポツリとつぶやいた。
「……ひな。
その力、とうとう……目覚めちゃったんだね。」
店全体が七色の光で満たされ、
まるで別世界に変わってしまったかのようだった。
そして——
ドオォォォンッ!!!
爆発音のような轟音とともに、
ひなのオーラはさらに輝きを増し、
闇を打ち払う巨大な光へと変貌していった。
七色の光が店内を満たし、床が**ビリビリッ……!**と震える中、
女はその眩しい光に顔を歪めながら、突然怒鳴り散らした。
「翔太!! なんで言いつけを守らなかったのよ!!」
その声は悲鳴にも呪いにも似ていて、
空気がひび割れるように**バキィッ!**と音を立てた。
美歌は黒い影を握りつぶすようにしながら冷たく呟いた。
「……アンタの言う“翔太”ってのは——これのことだろう?」
そして美歌は、黒い影を**ブンッ!**と勢いよく女へ向かって投げつけた。
ズシャァッ!!
影は床を滑り、女の足元で突然“かたち”を持ち始める。
黒い液体のようなものが盛り上がり、
やがて少年の輪郭をつくりあげていく。
小さな肩、小さな頭。
そして、光を持たない真っ黒な瞳。
「……翔太。」
ひなが目を細め、店長が震えながら後ずさる。
黒い影はその影の少年に近づくと、
顔をひきつらせながら、怒りで血が沸騰したように叫んだ。
「なんで……なんであんな女の言うことなんて聞いたのよッ!!
あんたは私だけを見てればいいのよ!!」
そして黒い影は手を横に払うと——
ゴォォォォォォッ!!!
突風が少年の影を襲った。
それは風を超えた“圧力”のようで、
叩きつけられるたびに影の身体が**バンッ! バンッ!**と床にめり込んだ。
影の少年は
ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返し叫んでいた
だけど、店には確かに——
ギィ……ギギ……ッ……!
押しつぶされるような、
魂が軋むような、
耳にまとわりつく悲鳴が響いた。
黒い影は髪を振り乱し、
まるで壊れたオルゴールのように同じ言葉を繰り返す。
「裏切り者……裏切り者……裏切り者……ッ!!」
バシィィィィッ!!
最後の一撃で影の少年の身体が大きく弾け、
床に黒いもやが散った。
女は肩で息をしながら、
そのもやを足で踏みつけるようにして呟いた。
「……翔太。
お前は私が育てたんだから……
私から離れられるわけないでしょ……?」
その姿は“母親”という言葉とは程遠い、“狂気そのもの”だった。
店内の空気は凍りついていた……




