表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/114

109 水の中


女がまた、ゆっくりと、しかし確実にひなへ向けて手を横に払った。


バチィィンッ!!

次の瞬間、見えない“風の手”がひなの頬を強烈に叩きつけた。

空気が固まり、平手打ちの形を保ったまま高速で往復する。


パァン! パァン! パァン!

何度も、何度も、容赦なくひなの顔に叩きつけられる衝撃。

ひなの頭が左右に大きく揺れ、髪が乱れ、視界がぐにゃりと歪んでいく。


「——っ!! あ゛っ! あ、あああ……ッ!」


声にならない悲鳴が漏れた。

空気が皮膚を裂くように、ひりつく痛みが頬から首まで走る。


カウンターのグラスが**ガタガタガタッ!!と揺れ、

棚の皿がカランッ、カランッ!!**と落ちて割れた。


女は笑っている。

その笑い声が店全体に響いて割れ、反響し、耳の奥をえぐった。


「ほらぁ? 生意気に睨むからよ。もっと顔見せてよ、ひなちゃん?」


風の形をした“手”がさらに勢いを増す。


ドンッッ!!

最後の一撃は身体ごと吹き飛ばされるほどだった。


ひなの視界が白く弾け、

世界がぐるりと反転し、床が迫る。


(……だめ……倒れちゃ……)


意識がぐらつく中で、ただ一つだけ言葉が浮かぶ。


——守らなきゃ

——私が守らないと

——シュウを……!!


薄れていく意識の中で、それだけがひなの全てを占めていた。


ズキン……ズキン……!

頭の奥で脈打つ痛みとともに、視界が徐々に暗く沈んでいく。


女は楽しそうに、指先で空気を摘むような仕草をした。


「ねぇ、まだ立つの? 本当にしつこい子ねぇ……でも、嫌いじゃないわよ?」


にやける女の顔が、にじんで二重に見える。


ひなは歯を食いしばり、

震える足でゆっくりと立ち上がろうとした。


その瞬間——


バァァァァァァンッ!!


店の中を貫くような、

雷にも似た閃光が一気に広がった。


光は視界を真っ白に染め、

床も壁も、影すらも一瞬で消し飛ばすほどの強烈さ。


「——ッ!!??」


女の悲鳴ともつかない声が空気を裂いた。


ひなの身体は光に包まれ、

痛みも恐怖も、すべてが一瞬、どこかへ持っていかれた。


誰かが、何かが来た——

そんな確信だけが、光の中でひなの胸を打った。


閃光が店内に炸裂し、視界が白く塗りつぶされた直後だった。


ドンッ!!


入口のドアが勢いよく押し開かれ、

砕けたガラスがパラパラ……ッと床に降り注ぐ。


その破片を踏みしめるようにして、

美歌さんが息を切らしながら店の中へ飛び込んできた。


「——ひな! シュウ! 大丈夫!?」


その声を聞いた瞬間、

ひなの胸の中で張りつめていた糸が“プツン”と切れた。


いままで身体を削って耐えていた恐怖と痛みが、

一気に反動となって襲いかかる。


耳の奥が遠くなり、

店の破壊音も、女の狂った笑い声も、

全部“水の中”にいるみたいにぼやけていく。


「み……か、さ……ん……」


そう呼ぼうとした口はわずかに動いたが、

声は空気に溶けて消えた。


膝がガクンと崩れ、

ひなはその場に倒れ込んでしまう。

床に触れた頬がひんやりして気持ちよかった。


意識がすうっと薄れていく中、

最後に見えたのは——


美歌さんが黒い影を片手で掴み、

怒りとも焦りともつかぬ鋭い目で女を睨む姿。


「……もう大丈夫。ひな、よく頑張ったね」


その声だけが、優しく耳に残った。


そしてひなの意識は、

ふっと、暗闇の中に落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ