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104 黒い影


私は慌てて扉へ駆け寄り、強く押し閉めた。

外から入り込んでくる冷たい風が、まるで何かがまだ張り付いているようで、背筋に粘るような寒気が残る。


カチリ、と鍵が落ち着いた音を立てても、胸の奥のざわつきは消えなかった。


――なんで、私たちに任せるなんて……。


美歌の言葉が、まだ耳の奥で重く響いていた。

任されたというより、巻き込まれたような、逃げ場が閉じられたような不安が膨らんでいく。


店長が倒れた酔っ払いの男を抱き起こし、カウンター横の椅子にもたれさせている。

まだ男の顔は真っ青で、微かに痙攣している指先がこの店に残った“何か”の余韻を物語っていた。


そんな緊迫した空気の中、シュウが私のそばに歩み寄ってきた。

彼の顔は強がっているけれど、いつもよりほんの少しだけ血の気が引いているのがわかる。


「シュウ、大丈夫……?」

思わず声が震えた。


「あぁ、俺は大丈夫だよ。」

そう言いながらも彼の目は扉の方を警戒するようにちらりと見ていた。


少しの沈黙のあと、彼は低い声で問う。


「さっきの……あの黒い影。あれって……幽霊なの?」


その言葉を聞いた瞬間、店の空気がさらに冷えた気がした。

背筋をつっとなぞるような、現実味を帯びた恐怖が胸を締めつける。


「……多分、そうだと思う。」

自分でも驚くほど小さな声だった。

「ひなも、よくは分からないんだけど……」


言いながら、私の視線は無意識に扉へ向く。

美歌が飛び出して行ったあの開口部。

さっきまで“影”が逃げていった闇。


どこかでまだ、あの影がじっとこちらを見ている気がしてならない。


「でも……美歌さんが追いかけて行ったから……きっと、これで終わると思うよ。」


そう言ってみたものの、胸の奥では違う声が囁いていた。


――本当に?

――あの黒い影は、まだ終わっていないのでは?


店内は静かすぎて、その不安だけが息を潜めて広がっていった。


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