102 それ今言うか?
シュウは、話を聞き終えてもしばらく反応できず、
ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
まるで頭の中で処理が追いつかない機械みたいに、
瞬きすら忘れたような表情だ。
その“抜けた顔”があまりにもおかしくて、
ひな、美歌、店長の三人は思わず顔を見合わせ、
同時にふっと吹き出してしまった。
「し、しゅ、シュウ……その顔……!」
ひなは笑いながら肩を揺らし、
シュウの前に身を乗り出して言った。
「ねぇシュウ、しっかりしてよ。
まだここからが本番なんだからね?」
そう言われたシュウは、やっと現実に戻ったように瞬きをした。
けれどひなは続けた。
「ほらさ、前にも言ったじゃん。
“本人だけが気づいてない”って。
あの時、シュウは“絶対大丈夫!”とか言ってたけど……
結局、ほんとに気づいてなかったのはシュウだけだったね。」
ひながからかうように笑うと、
シュウは耳まで真っ赤にしながら、
「……ぐっ……それ今言う……?」
と、バツの悪そうに目をそらした。
居心地悪そうに頭をかきながら俯く姿が、
なんだか情けなくて可愛くて、
店長は堪えきれずにまた笑ってしまった。
緊張の空気の中にも、
一瞬だけ、ほっと息が漏れるような温かい時間が流れた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その瞬間だった。
――ガンッ!!!
店の扉が、まるで外から殴り飛ばされたみたいに激しく開いた。
強烈な突風が店内へ吹き込み、紙ナプキンやメモが宙を舞い、
私たちは思わず腕で顔を庇った。
「な、なに……っ!」
目を細めながら風の向こうを見たその刹那、
人影がぐらりと揺れながら店に転がり込んできた。
「……やってないのかぁ〜……?
もう終わりかぁ〜……?」
酒の匂いを撒き散らしながら、
酔っ払いの男がふらつきつつ立ち上がり、
まっすぐシュウの方へ歩み寄ってくる。
不自然なくらい、一直線に。
まるで“何か”に操られているかのように。
私の背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。
「待ちなさい。」
低く、鋭く、店内の空気を切り裂く声が響いた。
ふり返ると、そこに立っていた美歌さんは――
いつもの柔らかい微笑みをすべて消し去り、
まるで別人のように冷たい目をして男を射抜いていた。
「それ以上近づいたら……
ここで制裁を加えるわよ。」
ひとつひとつの言葉が重く落ち、
空気が凍りつくようだった。
まるで周囲の空間そのものが美歌さんの気迫に圧され、
静寂が、じわじわと広がっていく。
酔っ払いのはずの男は、なぜかピタリと動きを止め、
獲物を狙う獣のような赤い目でシュウを見つめたまま、
低くうめくように笑った。
――ここからだ。
胸の奥が、恐怖と緊張で痛むほど高鳴った。
“何か”が動き出している。
そして、今までとは違う“本当の戦い”が始まろうとしていた。




