101 現実
美歌が、まだ眠気の残るシュウの顔をじっと見つめ、
穏やかな声で問いかけた。
「シュウくん、目は覚めた? 今の気分はどう?」
シュウはゆっくり瞬きをし、少し考えるように息を吐いた。
「はい……なんか、すっげぇよく寝たって感じです。
でも……え? なんで三人そろって俺のこと見てるんですか?」
視線を移した先で、
ひな、店長、美歌の三人が同時に彼を見守っている。
その光景に、シュウはますます首をかしげた。
その様子を見て、美歌が静かにため息をついた。
ほんの一瞬だけ、表情に“覚悟”の色が浮かぶ。
「そうね……もう隠す段階じゃないわ。
シュウくん、今のうちに全部話しておいた方がいい。」
その言葉にひなも真剣にうなずき、
二人はシュウの正面に座り直した。
そして――
ひなと美歌は、ゆっくり、言葉を選びながら話し始める。
シュウが眠っていた間に何が起きていたのか。
どうして彼が倒れたのか。
外に現れた“女の影”は何者なのか。
これから何が起こるのか。
美歌が説明するたびに、
ひなは自分が見たもの、感じた恐怖を補足した。
シュウは最初は笑って聞いていたが、
ひなが震え声になったあたりで、
その表情から笑みが消え、
ゆっくりと目が見開かれていった。
部屋には、コーヒーの匂いだけが静かに残り、
三人の声だけが淡々と響く。
「……え、ちょっと待って。
俺が……憑かれてたって事ですか?」
ようやく絞り出したシュウの声は、
かすかに震えていた――。
話を聞き終えたシュウは、しばらく呆然と口を閉じたままだった。
けれど何かが頭の奥でつながったように、ハッと息をのみ、目を見開いた。
「……あ。そうだ……」
思い出した瞬間、彼の声には震えが混じっていた。
「俺……行ってた。あのお化け屋敷……いや、お化け屋敷って感じじゃなかった。
すげぇ綺麗な家で……普通の家みたいでさ。
小さい男の子がいて、なんか一緒に遊んで……
おやつまで出してもらったんだよ。
でも、全部……夢だと思ってた……。」
ひなと店長が息を呑む中、
美歌だけが静かに、しかしハッキリと頷いた。
「夢じゃなかったのよ、シュウくん。全部、現実。
あなた、記憶を操作されていたの。」
「……操作……?」
「そう。あなたは“寝ている”と思い込まされていた。
本当は眠ってなんかいなかったの。
だから、あんなにやつれてしまっていたのよ。
魂を休ませる時間がほとんど無かったんだもの。」
美歌が穏やかに言うと、
ひなは思わずシュウの顔を見つめ直した。
さっきまで土色だった頬は少し戻り、
目の下のクマや影が薄くなっている。
「でも……今は大丈夫。」
美歌は柔らかく微笑んだ。
「ちゃんと深く眠ったから、顔色も戻ってきたみたいね。
本来のシュウくんに、少しずつ戻ってるわ。」
シュウはその言葉に胸を押さえ、
ゆっくり息を整えながら呟いた。
「……夢じゃなかったのか……
本当に……あの子と遊んでたんだ……」
その言葉が、空気をさらに重くした。
ただの夢ではなく、すべて“現実”だったことが、シュウの背筋をぞくりと冷やした。




