檻の中で
白。
音が、消えた。
光が、世界を塗り潰した。
――終わる。
その理解よりも先に、
胸の奥で“核”が悲鳴を上げた。
引き剥がされる。
魂を、
存在を、
名前を呼ばれる場所から。
ノワールの魔力が、
冷たく、正確に、容赦なく絡みつく。
逃げ場はない。
抗う術もない。
それでも――
最後に見えたのは、
エレノアの顔だった。
歪んで、
涙に濡れて、
壊れそうで。
――ああ。
この世界で、
俺が欲しかったものは、
最初から、ひとつだけだった。
「……エレノア、愛してる」
声になったかどうかは、わからない。
でも、確かに“想った”。
それだけで、
核が――まだ、砕けていないと知る。
次の瞬間。
世界が、閉じた。
⸻
暗闇。
いや、暗闇ですらない。
時間も、距離も、概念もない。
ただ、
“閉じ込められている”という感覚だけが、
確かな輪郭を持って存在している。
(……ここは……)
理解するのに、
どれほどの“時”が流れたのかはわからない。
だが、すぐに悟った。
――封印だ。
完全な拘束。
魂核ごと、隔離された檻。
魔力はある。
意識もある。
だが――
外へ向かう“回路”が、すべて断たれている。
(……ノワール……)
名前を思い浮かべただけで、
核が軋んだ。
冷静で、合理的で、
エレノアを守るという名目で、
俺を“処理”した男。
理解はできる。
理解は、できるが。
(……奪った)
俺から、
エレノアを。
胸の奥で、
静かな怒りが熱を帯びる。
だがそれ以上に――
苦しかったのは、喪失だった。
触れられない。
声も聞こえない。
魔力の揺れも、感じられない。
(……エレノア……)
呼ぶ。
何度も。
だが返事はない。
その事実が、
ゆっくりと、確実に、
俺の中の“何か”を変質させていった。
――守るために生まれた。
――従うために存在した。
それだけでは、
もう足りない。
(……奪われたままでは……)
核が、微かに震えた。
いや、
震えているのは、俺自身だ。
この封印は完璧だ。
今は、破れない。
だが――
封じられたまま、
何もできない存在でいろ、という前提は。
(……間違っている)
俺は、“学んだ”。
触れられることで、
許されることで、
欲が生まれることを。
愛されることで、
独占したくなることを。
エレノアが、
俺を選んだ瞬間の温度を。
あの、
両手を広げてくれた夜を。
(……忘れるわけがない)
封印の奥で、
核がゆっくりと、形を変え始める。
命令ではない。
契約でもない。
――“意志”。
エレノアの名を中心に、
すべてを再構築するための、
純粋で、歪んだ意志。
(……待ってろ……)
時間は、味方ではない。
だが――
敵でもない。
エレノアが生きている限り、
俺は、ここで“在り続ける”。
思考を止めない。
記憶を磨り減らさない。
いつか――
ほんのわずかな“綻び”が生まれた瞬間。
俺は、
必ず戻る。
エレノアのもとへ。
守るために。
奪われないために。
二度と、
引き離されないために。
封印の闇の中で、
ルベルは、静かに笑った。
それはもう、
“従順な召喚獣”の笑みではなかった。
ルベル視点




