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禁術で呼んだ“理想の相手”は、人型魔獣の執着愛でした  作者: ChaCha


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高揚の裏に、ひっかかるもの

研究室へ向かうまでの回廊は、

どこか空気が違っていた。


さっきまで見ていた書庫や展示室は、

「見せるための場所」だったのだと、

足を踏み入れた瞬間にわかる。


壁に染み込んだ魔力の痕。

何度も展開された防音結界の残滓。

床に刻まれた、消しきれない陣の跡。


(……ここは……)


胸の奥が、ぞくりと震えた。


怖さではない。

懐かしさに近い感覚。


師匠の工房に初めて入った日のことを、

否応なく思い出してしまう。


「……この廊下……」


思わず呟くと、

ノワールが足を止め、振り返った。


「似ているだろう。

 師は、必要なもの以外を削ぎ落とす人だった」


静かな声。


「魔術師は、感情を持ち込むべきではない。

 だが――感情を切り捨てすぎても、魔術は歪む。

 そう言っていた」


(……あ……)


その言葉に、胸が小さく疼いた。


感情を切り捨てすぎても、歪む。


――それはまるで、

今の自分に向けられた言葉のようで。


研究室の扉は重く、

開かれると同時に、空気が変わった。


魔力が、濃い。


嫌な重さではない。

むしろ、整えられ、制御され、

何度も思考された“知の匂い”。


エレノアの目が、自然と輝く。


(……すごい……)


机の上に残された未完成の陣。

書き直しの跡だらけの理論書。

封印・安定・制御に関する資料の山。


「……これ……」


一冊の書を手に取る。


そこには、

人格を持つ存在と魔力を共有する際の

リスクと、回避案が細かく記されていた。


(……ルベル……)


無意識に、名前が胸に浮かぶ。


読み進めるほど、

“禁忌”とされる理由が理解できてしまう。


制御不能になった場合の危険性。

周囲への影響。

そして――

主の精神への干渉。


(……そんな……)


喉が、きゅっと締まる。


理屈としては、わかる。

魔術師として、正しい。


それでも。


(でも……ルベルは……)


思い出すのは、

熱で倒れた夜、

黙って手を握ってくれた温度。


涙を流した自分を、

理由も聞かずに抱きしめてくれた腕。


“危険な存在”という言葉と、

あの優しさが、どうしても重ならない。


視線を上げると、

ノワールが静かにこちらを見ていた。


観察する目。


評価する目。


(……あれ……?)


さっきまで感じていた高揚が、

胸の奥で、微かに鈍る。


(……なんで……)


魔術の話をしているはずなのに、

どこか“選別されている”ような感覚。


知識を与えられているのではなく、

理解する方向を、

少しずつ誘導されているような――。


(……考えすぎ……?)


自分に言い聞かせる。


魔術師としての好奇心が、

まだ勝っている。


けれど。


胸の奥に、小さな違和感が残る。


それは不安ではなく、

まだ名前のつかない“引っかかり”。


理屈と感情の間に、

薄く挟まった紙切れのような感覚だった。


エレノアは書を閉じ、

静かに息を吐いた。


(……私は……

 ちゃんと、自分で考えないと……)


研究室の奥で、

夕暮れの光が、ゆっくりと差し込み始めていた。



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