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禁術で呼んだ“理想の相手”は、人型魔獣の執着愛でした  作者: ChaCha


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静かにずれる距離

王都の朝は、思ったよりも静かだった。


重厚なカーテン越しに射し込む光が、

ノワール邸の廊下を淡く照らしている。

石造りの床は冷たく、足音は必要以上に響いた。


エレノアは、いつもより少し早く目を覚ました。


(……あれ……)


胸の奥に、説明のつかない違和感が残っている。

怖いわけでも、悲しいわけでもない。

ただ、何かを置き忘れたような感覚。


身支度を整え、ゆっくりと廊下へ出ると、

先に起きていたルベルが窓辺に立っていた。


朝の光を受けた真紅の瞳が、

一瞬だけ彼女を捉え――すぐに逸らされる。


(……距離、ある……?)


昨夜のぬくもりが、まだ体に残っているからこそ、

その“ほんの一歩分”が、やけに大きく感じられた。


ルベルは近づかない。

触れない。

それは、ルールを守っているというより――

意図的に抑えているようにも見えた。


「……おはよう、エレノア」


低く、静かな声。

昨夜よりも、少しだけ硬い。


「おはよう……ルベル」


会話はそれだけで止まり、

二人の間に、朝の空気が流れ込む。


そこへ――


「おはよう、二人とも」


階段を下りてきたノワールが、

いつも通りの穏やかな声で挨拶をした。


その声に、エレノアは肩をすくめる。


(……あ……今日は……)


明日は、魔術師協会へ行く日。

その事実が、改めて胸に落ちてくる。


今日は――

ノワール邸で、ゆっくり過ごす日。


朝食を終えた後、

ノワールはティーカップを置き、

何気ない調子でエレノアへ視線を向けた。


「エレノア。今日は特に予定を入れていないが……」


一拍、間を置いてから、柔らかく続ける。


「私の師が遺した魔術書や、魔道具、魔術具を見てみる気はあるかい?」


その問いは丁寧で、親切で、

断る理由を探しにくい声音だった。


エレノアは一瞬だけ、視線を伏せる。


(……正直、今は……そんな気分じゃない)


頭の中には、

昨夜のこと、

ルベルの体温、

ノワールの言葉、

そして「禁術」という単語が、まだ絡みついている。


けれど――


「……ぜひ」


そう答えていた。


自分でも、少し驚くほど自然に。


ノワールは満足そうに頷く。


「そうか。では、邸内を案内しよう」


立ち上がりながら、

まるで最初から決まっていたかのように言った。


「夕方には、師が使っていた研究室も見せるよ。

 あそこは……君にとって、参考になるだろう」


その言葉に、

ルベルの気配が、ほんのわずかに張りつめた。


視線は合わせない。

けれど、確かに――

空気が変わった。


エレノアは、その変化を言葉にできないまま、

胸の奥に小さな不安を抱える。


(……ゆっくり過ごす、だけの一日のはずなのに……)


王都の空は穏やかで、

今日という日は、静かに始まった。


だが、

その静けさは――

三人の距離が、音もなくずれていく前触れのようだった。


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