二つの静けさ
ランプの灯りが、ゆっくりと揺れていた。
ルベルの腕の中で、エレノアは次第に力を抜き、
やがて規則正しい寝息を立てはじめる。
涙に濡れていた睫毛が静かに伏せられ、
胸の上下が穏やかになっていく。
――眠った。
それを確かめると、ルベルは一瞬だけ目を伏せ、
慎重すぎるほどの動作で彼女を抱き上げ、
そっと、ベッドへ横たえた。
布が擦れる音すら、出さないように。
エレノアは「終わりです」とは言っていない。
けれど、今は――
それを確かめる必要も、理由も、ない。
ルベルは距離を保ったまま、
触れないことを選ぶ。
ただ、彼女の髪に顔を近づけ、
息が触れない程度で、そっと――
口づけを落とした。
肌には触れない。
許可を越えない。
それでも、その仕草はあまりにも静かで、深かった。
――
夜更けの書斎には、白い光が張りつめていた。
机の上に展開された魔陣具、封印触媒、刻印札。
淡い光が規則正しく脈打ち、
起動前の静けさが、重く沈んでいる。
「……感情の同調が進みすぎている」
独り言のように落とされた声は、冷静だった。
だが、その冷静さは、情を切り離すためのものだ。
エレノアは、惑わされている。
今は正常な判断ができていない。
優しさと不安、保護と依存――
それらが絡み合い、
彼女自身の線引きを曖昧にしている。
「……だからこそ、今だ」
ノワールは小さく息を吐く。
封印陣の外縁に、最後の符を置いた。
明日の夜。
起動。
そして――封印。
それは彼にとって、
“最善”であり、
“必要悪”だった。




