1番危ない選択
馬車の揺れに合わせて、
私の中の気持ちも、落ち着きなく揺れていた。
窓の外を見ているふりをしながら、
意識はずっと――隣にある。
ルベルの気配。
触れてはいない。
けれど、指先のすぐ近くにある熱が、
はっきりとわかる。
(……だめ。考えちゃだめ……)
王都へ向かうだけ。
手続きをして、戻るだけ。
それなのに――
胸の奥が、嫌な予感でざわついていた。
ノワールの声が、また穏やかに落ちる。
「王都では、君が動きやすいように
日程を詰めすぎないつもりだ」
「……ありがとうございます」
答えながら、
私は自分の声が少し硬いことに気づいた。
ノワールは優しい。
理性的で、常識的で、助けになってくれる。
でも――
どこか、踏み込んではいけない“線”を
測られているような気がしてならない。
その視線の意味を、
私はもう、薄々わかっていた。
(……ルベルのこと……)
そして、その“中心”にいるのが、
自分だということも。
ぎゅ、と
隣で何かが動く。
ルベルの指が、
私の服の端をつまんでいた。
ほんのわずか。
子どもが迷子になりそうなときのような仕草。
「……エレノア」
声は低く、甘い。
でも、その奥にある緊張が伝わってくる。
「離れないで」
命令じゃない。
お願いでもない。
“前提”として置かれた言葉。
(……やめて……そんな言い方……)
止めなきゃ、と思うのに。
「……うん」
そう答えてしまった自分に、
胸がきゅっと痛んだ。
その瞬間、
ルベルの魔力が、わずかに緩む。
安心したのが、はっきり分かる。
(……私、何してるの……)
ノワールの言う通り、
王都は安全な場所のはずだ。
なのに、
ルベルの中では、
ここへ向かうこと自体が“危険”になっている。
――彼は、奪われると思っている。
私が、
自分の意思で離れていく可能性を。
(……違うのに……)
私は、
誰かを選んで、捨てるつもりなんてない。
でも――
そう言い切れるほど、強くもない。
馬車の中で、
三人の呼吸が重なる。
それぞれが、違う方向を見て、
違う覚悟を抱えている。
(……止めなきゃ……)
ノワールも。
ルベルも。
このままじゃ、
どこかで“決定的な何か”が起きる。
わかっているのに――
ルベルの指が、
不安そうに震えるのを感じた瞬間。
私は、
そっと自分から、その手を握ってしまった。
小さく、強く。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせるみたいに。
ルベルが、
驚いたように息を呑む。
それから、
深く、深く、安心した気配が流れ込んできた。
(……ああ……)
止めたいのに。
抑えたいのに。
私はいつも、
一番危ない選択をしてしまう。
――王都は、もうすぐだ。




