雪が解けたら
ストーブの火がやわらかく揺れている。
まだ雪深い外とは対照的に、家の中はほんのり暖かかった。
糸束を抱えてリビングに戻ろうとしたとき――
コンコン。
玄関から響いたノック音に、私は思わず肩を跳ねさせた。
「はーい!」
扉を開けると、冷たい風と一緒に懐かしい声が流れ込んでくる。
「やぁ、エレノア。久しぶりだね。かわりはないか?」
「ノワール……!」
薄い黒の外套に雪がわずかに積もっている。
王都から馬で来たのだろう。息が白い。
ノワールは軽く微笑むと、懐から巻物状の書類を取り出した。
「魔術具や魔道具の鑑定リストだ。
予想以上に価値があったよ。かなりの金額になった。」
「ほ、本当に……?よかった……!」
胸がじんと温かくなる。
師匠の遺したものたちが無事で、価値を認めてもらえた。それだけで十分だった。
だがノワールの表情は、そこで少しだけ曇る。
「だが、受け取りには本人が魔術師協会へ行く必要があるんだ。
手続きがいくつか複雑でね」
「あ……王都、久しぶりすぎて……」
最後に行ったのは師匠と行って以来。
胸の奥がきゅっとなる。
そんな私を察したのか、ノワールは優しく言った。
「滞在先は……俺の邸でよいだろう?
協会の手続きも補助できる。負担にはさせない。」
「い、いいの?……じゃあ、お言葉に甘えて……」
そこまで言って、ふと視線が横へ向く。
リビングの奥、ストーブのそば。
静かに立っていたルベルと目が合った。
真紅の瞳が、ノワールと私のやりとりを見つめている。
柔らかいはずのその色が、ほんの少し、深く沈んでいた。
ルベルはゆっくり歩み寄り、
まるで既に決まっていることのように――小さく、しかし強く言った。
「……エレノアが行くなら、俺も行く」
その声には、
拒絶も怒りもないのに。
どこか“決して離さない”という意志だけが静かに宿っていた。
ノワールの瞳が、かすかに細まる。
二人の視線がぶつかりあい、
空気が一瞬だけ、ぴん、と張り詰めた。
どちらも言葉を発さないのに、
理解だけが交錯する。
――これはただの護衛の発言ではない。
――これはただの同行希望ではない。
ノワールは察した。
ルベルの中にある“何か”を。
そして、それがエレノアだけに向いていることを。
私は慌てて声を上げた。
「え、えっと……! 王都は遠いし、不安だし……ルベルがいてくれたら心強いよ!」
やわらかく取り繕ったつもりだった。
だがノワールの瞳に一瞬だけ浮かんだ“諦観に似た理解”が見え、胸がぎゅっとなる。
その直後、ノワールは穏やかに首を縦に振った。
「……そうか。二人とも歓迎しよう。
手続きが早い方がいい。雪が解けたら王都へ向かおう」
ストーブの火がぱち、と音を立てた。




