雪解けを待つ者
冬の終わりを告げる風が、研究室の窓を静かに揺らした。
白く覆われていた王都の景色は、
日に日に淡い灰色へと姿を変え、
屋根につもっていた雪も細く溶け落ちていく。
その変化を、
ノワールは冷えた魔道具の上でじっと見つめていた。
机に広げられた封印具――
魔力を吸収する柱石と、
術式を固定するための旧式の円環、
そして中央に据えられた“封印核の制御器”。
どの部品も古代式の技術で、
扱いを誤れば術者の魔力を逆流させる危険すらある。
だがノワールの指は迷いなく動き、
全ての線を丁寧に結び、魔力を流しては確認し続けた。
(……これでようやく、形になる)
術式が完成した瞬間、静かな光が装置の中心に灯る。
「……ルベルを制御下に置く。
それが……エレノアを守る唯一の方法だ」
自分に言い聞かせるように呟いた。
胸の奥に渦巻く不安は、
何度言葉にしても消えてはくれない。
ルベルが“ただの使い魔”ではなく、
禁術で造られた存在であること。
その核を無視して放置すれば、
いつかエレノアに危害が及ぶ可能性があること。
そして――
その危険を、誰よりも知っているのが自分だということ。
ノワールは魔道具を布で包み、深く息をつく。
(雪が完全に溶けるまでは行けない……
だが、もうすぐだ。エレノア)
研究室の外では、
冬の名残を溶かす柔らかな日差しが差し込んでいた。
季節が春へ向かうその瞬間を、
ノワールは“刻限”だと感じていた。
「……待っていてくれ。
エレノアを守るためなら……どんな役でも、俺が引き受ける」
ノワールは、静かに決意を胸に閉じた。
雪解けを待てば、
あの邸へ向かうことになる。
ノワール視点




