このままでいい
エレノアの着替えを整え、
湿った衣服をそっと布籠に入れたとき――
ルベルは手を止めた。
布団へ戻す直前、ふと視線が落ちる。
(…………下着は……)
汗でしっとり貼りついて、
肌の曲線をやわく描いている。
替えた方がいいと分かっている。
身体を冷やしたくない。
看病として当然の判断。
……でも。
(これは……俺から言っても、いいのか……?
彼女は……どう思う……?)
一瞬でも迷った自分に驚く。
普段なら“触れること”自体が禁忌だった。
それが今は、許されている。
その変化があまりにも甘くて、
境界線を慎重に探さなければ
簡単に踏み越えてしまいそうだった。
だから、喉の奥が緊張で痛むほど静かに尋ねる。
「……エレノア。下着も……苦しくないか?」
エレノアはぼんやり半分眠ったまま、
ゆっくり首を横に振った。
「……このままで……いい……」
かすれた声は弱いのに、
拒絶の響きはない。
その言葉に、ルベルはひどく安堵した。
(……よかった……。
いや……よかった、なんて……言っていいのか……)
胸の奥が複雑に揺れる。
触れたいわけじゃない。
でも――許されてしまえば、きっと自分は簡単に堕ちる。
だから「このままでいい」という言葉は
彼を踏みとどまらせる、最後の細い綱だった。
ルベルは静かに布団を整え、
額の汗を絞った布でやさしく拭う。
「……もう大丈夫。あとは、薬を飲めば楽になる」
エレノアは半分寝たまま頷き、
ルベルが調合したばかりの回復薬と解熱薬を口に含む。
淡い香りが漂い、
窓の外では夜風が優しく草木を揺らしていた。
小さな家の中は、
風の音と、
二人の呼吸だけが静かに重なる。
薬が効き始めたのは、
それからほんの数分後だった。
エレノアの頬の赤みが少しずつ引き、
呼吸も穏やかに。
その変化に気づいたとき――
彼女の手が、ふいにルベルの指をつかんだ。
「……ルベル……いて……」
意識の朦朧した中での言葉。
なのに、ひどく強い。
ルベルは返事もできなかった。
胸の奥がぎゅうっと掴まれて、
それだけで呼吸が止まりそうだったから。
(……離れない。
離れられるわけ、ないだろう)
静かに手を握り返した瞬間、
エレノアの体がほっと緩む。
まるで、
自分の存在が安らぎなのだと言われたようで。
(……そんな顔、俺にしか見せないでほしい)
暗い願望が、
薬草の香る静かな夜の中でゆっくり膨らんでいく。
――ルベルはそのまま、
椅子も使わずエレノアの寝台の横に座り込み、
彼女の手を離さないまま夜を明かした。
窓から差し込む月光が、
二人の手を優しく照らしている。
その光景は、
まるで誓いのように静かだった。




