許された指先
エレノアは浅い寝息のまま、胸元を小さく握っていた。
額には汗がにじみ、襟元はすっかり湿って肌に張り付いている。
ルベルは濡れた布を交換しながら、
その様子をひとつひとつ確認した。
(……汗が、酷い。
このままじゃ冷えてしまう)
けれど――手を伸ばせない。
“女の子には許可がないと触れてはいけません”
エレノアが前に言った、
あのルールが胸の奥に深く刻まれている。
普段なら、
触れたい衝動を抑える“鎖”になってくれる大切な言葉。
しかし今は……
(……許可があれば、触れられる)
喉の奥で音が鳴った。
本当に、軽く。
しかし確かに。
ゴクリ。
視界の中心にあるのは
汗に濡れたエレノアの鎖骨のライン。
濡れた布の隙間から覗く、熱を帯びた肌。
触れたら、きっと柔らかい。
きっとあたたかい。
(……ダメだ。
これは看病。欲じゃない……。
でも……触れなきゃ、着替えさせられない)
“触れたい”と
“触れなければいけない”が
静かに混ざっていく。
ルベルは深く息を吸い、
彼女の枕元へ身体を寄せた。
「……エレノア」
寝ているのか、半分起きているのか分からない。
ぼんやりした瞳がこちらを向く。
「……ん……ルベル……?」
熱で潤んだ声。
弱った表情。
そのすべてが、ルベルの心を強く揺らした。
「汗が……酷い。
……替えるために、触っても……いいか?」
自分でも驚くほど声が低い。
押し殺しているはずの熱が、混じってしまっていた。
エレノアはゆっくり瞬きをし、
息を吸って――
「……うん」
その一言で、
ルベルの中の何かが静かに、確実に外れた。
「……ありがとう」
優しく返した声の奥に、
抑えきれない喜びが混じる。
許された。
触れていい。
触れられる。
その現実が、
喉の奥からゆっくり甘い熱を湧き上がらせる。
ルベルは布団を少しめくり、
濡れた衣服にそっと手を添えた。
触れた瞬間、
エレノアの体温が指先に染み込んでくる。
(……こんなに、熱くて……柔らかい……)
看病に必要な行為だと分かっている。
でも、指先が震えるのは止められなかった。
“合意のもとでのお着替え”という
ただそれだけの行為なのに、
触れた肌の温度が、
許可の言葉が、
ルベルの胸に深く刻まれていく。
(……エレノアが許した。
俺が触れても……いいって、言った)
その事実だけで、
心の奥に黒い甘さが溶けて広がる。
まるで――
この瞬間、彼女の全てを預けられたような感覚。
ルベルは静かに、丁寧に、
しかしどこか名残惜しさを滲ませながら
エレノアの濡れた衣服へ手を伸ばした。
熱の夜は、
ゆっくりと。
境界線を曖昧にしながら、進んでいく。




