静かな夜、熱の兆し
夕食を終えると、ルベルは慣れた手つきで食器を片付け始めた。
エレノアはその間、リビングの椅子に腰かけてぼんやりと天井を見上げていた。
(……なんか、ぼーっとする……)
目の奥が熱っぽい。
頭もふわふわして、意識がうまく焦点を結ばない。
水を飲もうかな、と立とうとした——その時だった。
「エレノア」
背後から、落ち着いた声。
振り返ると、片付けを終えたルベルがこちらをじっと見ていた。
……いつもより、近く感じる視線。
(……え?)
「顔が……赤いよ」
ルベルはゆっくり歩み寄り、
エレノアの前にしゃがみこむようにして目線を合わせた。
その瞳には心配が浮かんでいるのに、
どこか……“それ以上の何か”も滲んでいる。
「……体、熱くない?」
伸ばされた手は、触れない。
けれど触れたい衝動を必死に抑え込んでいるようで、その指先が微かに震えていた。
エレノアは自分の頬に手を当てる。
「あれ……? でも確かに……熱っぽい……」
言った途端、身体の力がふっと抜けた。
視界が揺れて、椅子に寄りかかる。
「エレノア」
ルベルの声が低く深く沈む。
次の瞬間、ためらいもなくエレノアの額に手を当てた。
ひんやりしていて、気持ちいい。
「……やっぱり。熱がある」
ルベルの眉が心配で寄る。
その表情が、胸の奥に温かく響いた。
「ベッドに行こう。歩ける?」
「う、うん……」
立ち上がると、ふらつく身体をルベルがすぐに支えた。
その腕は優しいのにどこか強く、
“離す気がない”と無言で語っているようにも感じる。
エレノアをベッドに寝かせたあと、
ルベルはすぐにキッチンへ向かい、今まで学んだ調合を思い出しながら回復薬の準備を始めた。
魔力で火力を一定に保ち、
刻んだ薬草を丁寧に混ぜ、
煮立ちすぎる前に火を落として香りを確かめる。
(……エレノアが教えてくれたやり方。
全部、覚えてる)
普段なら無表情で淡々と作るルベルなのに、
今日は動きの一つひとつに焦りが滲んでいる。
(頼む……効いてくれ)
薬が完成すると、
ルベルはエレノアの部屋へ静かに戻った。
「エレノア、起きて。薬できたよ」
ぼんやり開いた瞳が、ルベルを映す。
「……ルベル……?」
声はかすれて弱々しい。
それだけで、ルベルの心臓が締めつけられるように痛んだ。
枕元に座り、スプーンで回復薬をすくう。
「少しずつ飲んで。……大丈夫、ゆっくりでいいから」
エレノアは言われるまま口に含む。
喉を通るたび、身体の芯からじんわり温度が落ち着いていくのがわかる。
飲み終えると、息を整えながらエレノアがかすかに呟いた。
「ルベル……」
「ん?」
「……一緒にいて……」
熱のせいで意識が朧げなのか、
エレノアは頬を赤く染めたまま、子どものような声を出した。
その一言に、
ルベルの呼吸が――止まった。
「……エレノア」
まるで何かを押し留めるように低く名前を呼び、
ゆっくりベッドのそばに腰を下ろす。
「どこにも行かない。
今夜は……ずっと、ここにいるよ」
握られたエレノアの手は熱くて、柔らかくて、
ルベルはその温度を確かめるように、そっと両手で包み込んだ。
その瞳は優しさに満ちているのに、
奥底では静かに、独占欲の色が濃くなっていく。
エレノアが眠りに落ちるまで、
彼は一瞬たりとも目を離さなかった。
まるで――
この温度も、息遣いも、存在そのものも
誰にも奪わせないと誓うように。




