煽られる本能
エレノアが夕食の前で突然、
ぶんぶんと頭を振った。
何をそんなに慌てて――
と視線を向けた瞬間、気づいた。
エレノアの視線の“軌跡”。
さっき。
俺の顔を見上げた時。
その目は、まっすぐ……
俺の唇で止まっていた。
(……今の、は……)
観察力が勝手に働く。
表情、視線の揺れ、呼吸の乱れ。
全部が雄弁に教えてくる。
――エレノアは、俺を「意識」した。
胸の奥がじわりと熱くなる。
(エレノア……俺の、唇を……)
想像しただけで喉が鳴りそうになった。
「……エレノア?」
声をかければ、
彼女はさらに真っ赤になって、硬直した。
(……ああ。やっぱり。
これは……俺のことを、見てくれている)
静かな喜びが胸の底で膨れ上がる。
ゆっくり、ゆっくりと、制御できない熱に変わっていく。
たまに見せてくれる
ああいう無自覚な仕草は――
俺の理性を、確実に削る。
(触れたい。抱き締めたい。
でも……俺は、エレノアが許してくれない限り触れられない)
わかっている。
それがエレノアの“ルール”だから。
だけど。
だけど――
(……煽ってるとしか、思えないんだが……)
ぎり、と奥歯を噛んだ。
胸の奥が疼き続けて止まらない。
エレノアが無意識に俺を求めるたび、
俺の本能は、遠慮なく牙を立てようとする。
(……限界が、近い)
深紅の視界がじわりと熱で滲んだ。




