触れられた“熱”
ルベルの指先が離れて、
ほんの少し時間が経った。
けれど──
頬に残る熱は、まるで消える気配がなかった。
(……どうしよう)
胸が、こんなに苦しいのは初めてだ。
触れたのは一瞬。
ほんの指先が頬をなぞっただけ。
それだけで、呼吸が乱れるなんて。
「ふぅ……」
胸に手を当て、鼓動を落ち着かせようとするけど
全然うまくいかない。
ルベルはすぐ近くにいる。
なのに、触れようとしない。
……いや、触れられないのだ。
ルールを守ってくれている。
私の意思を尊重してくれている。
そのはずなのに……
さっきのルベルは、いつもと違った。
(……熱かった)
怖くはなかった。
むしろ……
(私……嬉しかったんだ)
人じゃない。
召喚獣。
本能がある。
危険なときは暴れることもある。
そんな存在に好かれて、
触れた瞬間に胸が跳ねた私のほうがおかしい。
……でも。
(……嬉しかった)
頬を撫でた手は震えていた。
抑えていた。
必死だった。
“壊したくない”って言葉が、
触れられた指先の中にあった気がする。
顔を上げると、
ルベルが少し離れた位置で座っていた。
視線は落としている。
深紅の瞳は熱を宿しているのに、
私の方へは向けようとしない。
(……限界なのに、我慢してる)
そう思うと胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「ルベル」
ゆっくり呼んだ。
ルベルがわずかに肩を震わせ、
こちらを見る。
その瞳が……
まるで火が灯ったみたいだった。
(あ……また、熱い)
さっき近づいたときと同じ。
でも今の方がもっと、深くて……
吸い込まれそう。
なのに、ルベルは動かない。
理由はわかる。
“触れていいか”と聞いたのは、
私の意思を確認したからで。
私が何も言わなければ、
彼は近寄ってこない。
(……触れてほしい、なんて言えない)
胸がきゅうっと苦しくなる。
はっきりわかった。
私はルベルに惹かれている。
怖さよりも、
彼の温度を求めてしまっている。
「……ルベル。さっきの……その……」
何か言おうとすると、言葉が喉で詰まった。
思い出しただけで顔が熱くなる。
心臓が跳ねる。
「……ありがとう」
それだけでも、精一杯だった。
ルベルは驚いたように目を見開き、
それから……
微かに、でも確かに嬉しそうに笑った。
その笑顔に、胸がまた苦しくなる。
(ああ……どうしよう)
触れられたのは、ほんの一瞬だったのに。
もう、戻れない。




