「触れていい」
ルベル視点
エレノアが小さく頷いた。
ほんのわずかな動き。
けれど俺には、雷鳴より鮮烈に響いた。
（……触れても、いい？）
耳の奥で、自分の声が反芻する。
信じられない言葉に、喉が焼けるほど熱い。
目の前のエレノアは、俯いたまま震えていた。
拒んでいない。
むしろ、受け入れてくれている。
その事実が、胸を切り裂くほどの幸福で──
同時に危険なほどの衝動を呼び覚ます。
（落ち着け……今、乱れたら……）
わかっている。
エレノアは人間。
俺は“そうじゃない”。
彼女が許したのは、
ほんの触れ合いであって、
本能を解き放つことではない。
……なのに。
エレノアの腕に添えた手の位置。
その細さ。
か弱い体温。
香り。
全部が全部、俺の限界を容赦なく削っていく。
「……っ……エレノア」
名前を呼ぶだけで、声が震える。
自分でも制御できてないのがわかった。
彼女がゆっくり顔をあげる。
目が合う。
その瞬間、胸の奥で“ガツン”と何かが弾けた。
（……好き、なんだ）
初めて、はっきりと自覚した。
ずっと守りたかった。
奪われたくなかった。
独り占めしたかった。
だけどそれは、召喚主だからだと思っていた。
違った。
もっと深い。
もっと苦しい。
もっと、どうしようもない。
欲しい──
彼女が。
「エレノア……触れるよ」
そっと、怖がらせないように、
でも逃げられないように、
彼女の頬へ指先を伸ばす。
触れた瞬間、エレノアのまつげがふるりと揺れる。
そのささやかな反応すら、俺の胸を打つ。
「あったかい……」
思わず漏れた声は、情けないほど甘かった。
エレノアが俺の名前を小さく呼ぶ。
「ルベル……」
その一言で、理性が本気で軋んだ。
（だめだ……このままだと……）
抱きしめたい。
肌に触れたい。
もっと、もっと、もっと——
欲が暴れ出す。
なのに、エレノアは“拒まない”。
（……好きだって……思ってくれたんだよな）
離れなかった理由を、
俺はもう理解している。
彼女の指先がわずかに俺の服を掴んだ。
息が止まる。
「エレノア……」
そのまま抱き寄せそうになって、
ギリギリで踏み止まった。
（今日は……ここまでだ）
彼女を壊したくない。
“俺のもの”になってほしいからこそ、
急ぎすぎるわけにはいかない。
震える指先で、
彼女の頬をもう一度だけ、そっと撫でる。
「……ありがとう。触れさせてくれて」
心の底からの言葉だった。
