胸に宿るもの
ルベルと暮らすようになって、
不思議と毎日が穏やかになった。
家のどこにいても、
ルベルの気配は優しくまとわりついている。
決して距離を詰めすぎないように──
“ルール”を守って。
私が言ったことを、彼は必ず守る。
触れちゃダメ。
許可するまで触れないで。
本当にその通りにしてくれるから、
今になって逆に……
(……なんだか、歯痒い)
自分でも驚くほどにそう思った。
エプロンを畳みながら、
少し離れた場所で薬草を仕分けるルベルを見る。
時々、彼の真紅の瞳が
熱を帯びて私を見つめてくるのを知っている。
あの目に触れられるたび、
私の心臓は跳ねるように動く。
(ルベル……求めてくれてるんだろうな)
最近はそれすら分かるようになっていた。
彼は触れたい。
抱き寄せたい。
私を腕の中に入れたい。
でも──
許可がない限り、彼は触れない。
本当に寸前で止まる。
指先が服に触れそうな距離なのに、
吸い込むように引っ込められてしまう。
だから私も、変に意識してしまう。
(……距離、近いよ……)
(……ああ、でも……触れてもいいのに……)
ルールを作ったのは私なのに。
大きく息を吸って、胸のざわつきを押さえようとする。
でも、胸の中のモヤモヤは消えない。
(おかしいよね……)
ルベルは人じゃない。
人に“似た姿”をしているだけ。
召喚獣として生まれた彼は
本来はきっと今の姿とは違うはずで……。
私は知っているのに。
「エレノア、疲れてるのか?」
優しい声が背後から落ちてきて、
私はびくっと肩を揺らした。
振り向くと、
触れたい気持ちを必死に抑え込んでいるような
真紅の瞳のルベルが立っていた。
「な、なんでも……ないですよ」
そう言いながら、心臓が熱くなる。
(ルベルは人じゃないのに……私は……)
目をそらすと、
胸の奥で何かが静かに芽を出しているのがわかった。
触れられない距離が、
こんなにも息苦しいなんて。




