禁術の影と、崩れゆく確信
王都に戻って数週間。
ノワールは魔術研究室に籠もり、
机の上の“封印核”から目を離すことができずにいた。
淡い光を脈打つ核は、見れば見るほど異様だった。
「……これは、どう見ても……禁術。」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥で何かが大きく揺れた。
魔術師協会に報告すれば、
禁術の魔術具を所持していた者──
エレノアが断罪される。
いや、断罪だけでは済まない。
研究に関与した疑いまでかけられれば、
投獄、研究資料の没収……
最悪の場合、その場で拘束される。
「……そんなはずが、ないだろう」
ノワールは額に手を当て、深く息を吐く。
レーヴェン師とシュヴァルツ師が禁術に手を出すなど、
ありえないと思っていた。
あの二人は、魔術師としての倫理を何よりも重んじていた。
けれど──
核を調べれば調べるほど、否が応でも理解させられる。
(これは……“造られた魂核”だ)
しかも未完成ではない。
精製度は高く、魔力の循環も完全。
魔術的な生命体を造るための核として
十分すぎるほどの完成度を持っていた。
「……何故だ、レーヴェン師……」
思考が渦を巻く。
そして──ある可能性に気づいてしまう。
(まさか……この核は、ルベルの……?)
そう考えると全てが繋がってしまう。
・人間離れした魔力
・生命体としての気配の異質さ
・エレノアへの過剰な執着反応
・そして、彼女のそばにいたときに感じた“危険な波形”
(……あれは、ただの使い魔の域ではない)
とっくにわかっていた。
ただ、目を逸らしていただけだ。
ノワールは机に手をつき、顔を伏せる。
(もし……ルベルが禁術で造られた召喚獣なら……
エレノアは……!)
だが、同時に別の疑問が浮かぶ。
「……なぜ“人型”なんだ?」
造られた核なら、姿を選べるはず。
レーヴェン師が召喚しようとしていたのは、
本来は巨大な魔獣──狼型の守護獣のはずだ。
人型になる必然性は、どこにもない。
「……陣が、自動補完を……? そんな……」
事故なのか、意図なのか──
そこはどうしても推測の域を出ない。
ノワールは椅子に深く座り直し、核をじっと見つめた。
そしてゆっくりと、ひとつの結論へ辿り着く。
(……エレノアに罪を被せるつもりはない。
だが、ルベルをこのまま放置するのは危険だ)
エレノアは純粋すぎる。
“何か”が起これば、真っ先に巻き込まれる。
ならば──
「……封印し直すしかない」
ルベルを。
そして、エレノアを守るために。
ノワールは机の奥から古い箱を引き出した。
そこには、封印用の魔陣具の素材が揃っている。
(協会に報告すればエレノアは潰される。
ならば……俺が、彼女を守らないと)
静かに、しかし確実に。
ノワールの中でひとつの決意が固まっていく。
エレノアを救うための封印。




