嫉妬の匂い
ルベルの素顔が村中に知れ渡ってから、
日常は静かさを失った。
それまでは、
エレノアの家に誰ひとり訪ねてこなかったのに。
翌日。
翌々日。
その次の週。
「こ、これ……差し入れですぅ~」
「薬草の勉強に興味があって……」
「何かお手伝いすること、あれば……」
――と、
やたら丁寧に包装された菓子やら、
焼き菓子やら、
無駄に可愛い布袋に入った果物やらを抱えた女性たちが、
連日、エレノア邸を訪れるようになった。
もちろん目的は――
ルベル。
エレノア「……はぁぁぁぁぁぁ……」
深いため息が、今日だけで八回目。
台所のテーブルの上には、
色とりどりの差し入れが積み上がっている。
エレノア(何ですかこれ……お祭りですか……?)
玄関先では、
「ルベルくん、いるかしら~?」
「ちょっと顔を見るだけでいいの……ね?」
「エレノアさん、今日はご在宅?」
どれもこれも、
露骨に“目的がルベル”とわかる声。
エレノア(あああああッもう……!)
胸の奥が、
むずむず、ざわざわ、きゅうっと痛む。
理由は言わずともわかっている。
エレノア(……嫉妬……してる……私……)
しかも、エレノアが顔を出すと女性たちは
なぜか敵を見るような目を向けてくる。
エレノア(なにその目ぇぇ……! 私が悪役ですか!?)
台所で額を押さえていると――
す、と。
静かに背後から影が重なった。
ルベル「……エレノア」
彼は、
女の子たちの声を聞いていたのだろう。
そして――気づいてしまったのだ。
エレノアが、
ほんの少し嫉妬していることに。
深紅の瞳が、
とろりと甘く細められる。
ルベル「エレノアって……そういう顔、するんだね」
エレノア「そ、そういう顔ってどんな……!」
ルベル「俺が……他の女の声を聞くたびに
ちょっとだけ眉が寄って、
唇がむすっとして……」
エレノア「~~~~っ!!?」
(見られてた!! 聞かれてた!! 気付かれてた!!)
ルベルはひどく嬉しそうで。
すこし頬が赤く、
声はいつもの数段甘く落ちていた。
ルベル「……嫉妬、してくれたんだ」
エレノア「し、してません!」
即否定。
しかし顔は赤い。
心拍はばくばく。
ルベルはふっと微笑む。
その笑みは――
人間のそれではなく、
“手に入れたものを宝物のように抱きしめたい存在”が浮かべる、
危ういほど幸福な笑みだった。
ルベル「……嬉しい」
エレノア(あ……この言い方……危ない……)
次の瞬間、
エレノアの瞳を捉える。
エレノア「あ、ちょ、ルベル?」
ルベル「大丈夫。
……エレノアがいるから、
俺は他の女なんて見ないよ」
そっと耳元で囁かれ、
心臓が跳ねた。
玄関の外の女性たちの声は、
もはや彼の中で騒音に過ぎないのだろう。
むしろ――
ルベル(もっと……もっと俺だけを見てほしい)
そんな、危うい欲が
真紅の瞳に滲んでいた。
エレノア(……あの顔は……やめて……)
顔が熱い。
胸も苦しい。
けれど、それ以上に――
ルベルの「嬉しい」が、
胸の真ん中にゆっくりと染みていくようだった。




