陽光を受けて
森の奥へ続く小道を抜けると、
ぱっと視界が開けた。
静かな水面が広がる湖だ。
陽光を受けて、
水面が細かな銀の粒を散らすようにきらめいている。
風がそっと吹くたび、
その光が揺れて、波紋のように広がった。
空気は澄んでいて、
鼻先を撫でる草の香りが心を落ち着かせてくれる。
エレノアは思わず深呼吸した。
(ああ……来てよかった)
家の中にいると
どうしてもノワールの言葉や、
ルベルの反応が頭をよぎってしまう。
だから――
外に出た方がいいと思った。
「……ねえ、ルベル。
森の風がこんなに気持ち良いのって、久しぶりな気がします」
ルベルは隣で小さな籠を抱えたまま
エレノアを見つめた。
風に揺れるアッシュブラウンの髪。
真紅の瞳は、いつもより穏やかだ。
「エレノアが行きたいって言ったから。
俺は……どこでもいい。エレノアと一緒なら」
その低く甘い声に、
エレノアの胸がくすぐったくなる。
ルベルは本当に――
初めて会った頃とは別人のようだ。
前は人間らしい振る舞いが苦手で、
距離の取り方もぎこちなくて、
言葉も不器用だったのに。
今はこんなふうに
ちゃんと隣に座って、
風景を一緒に眺めてくれる。
エレノアは湖面へ視線を戻しながら
ぽつりとつぶやく。
「……ルベルは、初めの頃と比べて本当に成長しましたよね」
ルベルの喉が静かに動いた。
「……エレノアが教えてくれたから」
短い言葉。
でも、その一言に
何年分もの想いが詰まっている気がした。
湖を渡る風が、
2人の間を優しく撫でていく。
エレノアは両膝を抱えながら
微笑んだ。
「……この幸せな時間が続くといいですね」
その声は、
自分でも驚くほど静かで、
でも確かに願っている響きだった。
ルベルはしばらく何も言わない。
ただ、
真紅の瞳がそっとエレノアの横顔を見つめる。
その瞳の奥で、
“エレノアの幸せが続くなら――すべてを壊してでも守りたい”
そんな危険な光が、
誰にも気づかれないまま揺れていた。
風が吹き、
湖のきらめきがまた形を変える。
静かな時間は、
確かに今ここにあるのに。
どこかで微かに――
不穏な予感が、水底に沈むように漂っていた。




