封印核に眠る名前
ノワール視点
王都に戻ると、
日はすでに傾き、
邸の石造りの外壁が夕焼けを受けて深い影を落としていた。
馬車を降り、
玄関を通り抜け、
奥へ奥へと進む。
人払いされた奥棟――
ノワール専用の魔術研究室。
重い扉を押して入ると、
張り詰めた静寂と、
古い魔術書の匂いが迎えた。
机の上、
黒い布の上に置かれた小さな“核”。
封印された魔力の塊。
エレノアの家で見つけたもの。
ノワールは椅子に腰掛け、
核を掌に乗せて冷たい表面を指でなぞる。
――やはりおかしい。
雑多な魔道具に混ざるには
あまりに“質”が違う。
触れると微かに震え、
中から呼吸のような魔力の波が返ってくる。
(……生きている、とは言わないが)
油断するとそう形容したくなる。
「どうしてあの村にこんなものがある」
ひとり言は研究室の石壁に吸い込まれた。
エレノアに問いかけた時の反応。
彼女のあの、怯えではなく“隠すような”瞳。
そして――
“彼”。
ルベルの気配。
(彼と、この核……関係がないとは考えにくい)
ノワールは核を静かに置くと、立ち上がった。
思考を整理するように
指をこめかみに当てながら歩き出す。
――昔の話が、蘇った。
(シュヴァルツ師が話してくれたな……
エレノアの師、レーヴェン氏と共同で研究していた
“召喚獣の高次存在化”の実験が頓挫した、と)
確か、
その研究は莫大な魔力と
危険性を理由に長い間封印されていたはずだ。
だが、ふと脳裏に引っかかる。
(……資料があったはずだ。保管庫に)
ノワールは研究室を出て、
邸の地下にある魔術資料保管庫へ向かった。
階段を降りる足音が
静かに石に響く。
(まさか……レーヴェン師が
あの田舎村で研究の続きを?)
扉に手を掛けながら、
ノワールは息を呑む。
もしそうなら――
エレノアは自分の知らないところで
“大きな、危険な計画”の中心にいたかもしれない。
そして。
もし召喚されたものが
“完成形”に近いのなら。
もしその魔力が
彼――ルベルと一致するなら。
(……やはり、あの男は普通ではない)
ノワールの瞳が細く光る。
保管庫の扉を開いた瞬間、
冷たい空気が頬をかすめた。
決意を込めて、
古い資料の棚へと歩み寄る。
――真実は、この中にある。




