触れたい、でも
ルベル視点
エレノアの声が、
かすれながらもはっきりと届いた。
「ルールを……今、使います。
ルベル、離れてください」
胸の奥に、
ドスン、と鈍い衝撃が落ちた。
ルール。
あの“拒否”の合図。
主が使い魔を制止するための、絶対の命令。
それを――
エレノアが自分に向けて言った。
拒絶されたわけじゃないとわかってる。
理性ではわかってるのに、
体の奥の“核”みたいな場所が
ギリッ……と音を立てて軋んだ。
さっきまで近くにいた彼女の温度が
ふっと離れていく感覚が、
どうしようもなく胸を締めつけた。
逃がしたくない。
触れたい。
奪いたい。
そんな黒い衝動が、
刃みたいに内側から突き上げてくる。
……けど。
エレノアが震えていたのを、
俺は見逃していない。
怖がらせたくてやってるわけじゃない。
嫌われたくなんて、もっと思ってない。
だから歯を食いしばって、
拳が震えるのを隠すように押し込めて、
一歩だけ後ろに下がった。
――けれど、離れた瞬間。
「……ありがとうルベル。
私、ちょっと……今、いっぱいいっぱいなんです」
その声が
胸に優しく触れた。
温かいはずなのに、
かえって苦しかった。
“ありがとう”と言われたのに
心は全然足りない。
距離が近づいていないどころか、
遠ざかっていくようで。
もっと欲しい。
もっと満たしてほしい。
もっと必要としてほしい。
そんな想いが
炎みたいに膨らんでいく。
でも彼女の瞳は揺れていて。
「だから……気分を変えませんか?」
必死に自分を整えようとしている彼女を見たら、
独占欲の嵐で自分が壊しそうになるのを、
どうにか踏みとどまるしかなかった。
……俺が暴れたら、
エレノアが泣く。
それだけは嫌だ。
だから呼吸をゆっくり整えて、
胸の奥で暴れる獣みたいな衝動を押し込んだ。
彼女が望むなら、
どんな形でも近くにいればいい。
けど。
――ノワールの顔が脳裏に浮かぶ。
あの男がまたエレノアに触れようとしたら、
俺は……次は抑えられる自信がない。
エレノアの“いっぱいいっぱい”という言葉が
理解できるくらいには、
俺の中も限界に近づいているのだ。




