いっぱいいっぱい
ルベルが離れてくれた瞬間、
胸の奥につかえていた息がやっと落ちた。
はぁ……はぁ……
自分でも情けないくらい呼吸が乱れている。
さっきまで、
ノワールさんに壁際で追い詰められ、
そのままの空気でルベルと向き合った。
まともでいられるわけがない。
頭がぐるぐるして、
心臓が跳ねて、
どっちに引っ張られているのかもわからないくらい。
そんな私を
ルベルは心配そうに見ていた。
真紅の瞳はまだ熱を帯びたままで。
あんな目を向けられたら――
また心が壊れそうになる。
……でも、
このまま黙っていたら
ルベルが自分を責めてしまう。
だから、逃げずに伝えなきゃ。
「……ルベル」
喉から搾り出したような声。
ルベルの肩が、微かに動く。
「ありがとう。離れてくれて……助かりました」
ルベルは一言も返さない。
ただ、じっと私の言葉を待っている。
だから――
勇気を振り絞った。
「私、ちょっと……今、いっぱいいっぱいなんです」
言ってしまった。
胸の奥をそのまま見せるような言葉。
言った途端、顔が熱くなる。
「だから……その……」
ルベルの視線が強くなる。
逃げたくなるほど真っ直ぐで。
でも逃げない。
「気分を変えませんか?
少しだけ……普通の空気に戻したくて」
沈黙が落ちた。
“嫌だ”と言われても仕方ないと思った。
さっき拒んだのは私だから。
けど、ルベルは――
まるで噛みしめるように呼吸を整えながら、
ゆっくり瞬きをした。
その瞳に宿ったのは、
どうしようもなく私に向けられた熱と、
どこか苦しそうな優しさ。
この瞬間、胸が締めつけられた。
守られている気がして、
でも、私のせいで彼を苦しめているような気もして。
私は自分の胸に手を当てて、
落ち着かない鼓動をごまかす。
……気分を変えるなんて言ったけど、
一番変わってほしいのは
自分のこの揺れ動く心かもしれない。




