ルール発動
呼吸がうまくできない。
さっきまでノワールさんに壁際へ追い込まれていたはずなのに、
今はルベルが目の前にいて、
距離はさらに近くて、
心臓が痛いほど跳ねている。
どうして……
どうして今日はこんな日なの。
「エレノア……」
名前を呼ばれるたびに
胸の奥が熱くなって、
声の震えまで伝わってきそうで。
だめ……落ち着かなきゃ……!
私、今、まともじゃない。
自分の考えていることがこわい。
さっきまで“触れられたらどうしよう”なんて――
そんな、私らしくもないこと……!
ああもう、だめだ。
逃げないと。
でも、ただ逃げたら
ルベルが傷つく。それは嫌だ。
だから、これしかない。
「……ルール」
喉から突き出るように言葉が出た。
ルベルが一瞬、
真紅の瞳を細めて動きを止める。
「……ルールを、今、使います」
声が震えた。
でも言わなきゃ、私が壊れる。
「ルベル……離れて、ください……っ」
言った瞬間、息が止まった。
だって、ルベルの顔が、
ほんの一瞬だけ――
ものすごく寂しそうに歪んだから。
そんな顔、反則でしょ……。
けど、離れてもらわないと
心臓も頭もどうにかなってしまう。
“だめ、落ち着いて。落ち着いて、私。”
何回唱えたって無駄みたいだった。
ほんの数秒が永遠みたいに長い。
ルベルはゆっくり、息を吐いた。
抑え込んだ熱が、その呼吸に混ざる。
「……わかった」
低い、甘い声のまま。
けれど、距離はちゃんと離れてくれた。
離れた途端、膝が笑いそうになって
私はこっそりスカートを握りしめる。
ああもう……
なんでルベル相手だと、
こんなに全部ぐちゃぐちゃになるの……?
頭の中を占めているのは
ノワールでもなく、
魔道具のことでもなく、
ルベルの声と、匂いと、距離ばかり。
どうしよう。
本当にどうしよう。
私、ルベルに対して――
どこまで耐えられるんだろう。




