扉の前の甘い罠
ルベル視点
ノワールを見送り、
扉が静かに閉まった。
その音を境に、
胸の奥で押し込めていた衝動が――
堰を切ったように溢れだす。
(……もう、我慢できない)
さっきまで隣に立っていた男の匂いが、
ここにまだ残っている。
エレノアの香りと混ざるのが、
どうしようもなく許せなかった。
エレノアが息を吐いた瞬間、
ルベルは一歩、彼女の前へ踏み込んだ。
背後の扉にエレノアの肩が触れ、
行き場を失う。
ルベルはその体勢のまま、
低く、掠れた甘い声で名前を呼んだ。
「……エレノア」
その声色は、
自分でも抑えきれていないとわかるほど震えていた。
「触れていい……?」
「えっ!?」
狼狽するエレノアの声が愛しくて、
ルベルはゆっくりと距離を詰めた。
扉を背中にして逃げられない位置。
ほとんど“壁ドン”に近い近さ。
真紅の瞳でのぞき込む。
「……あいつは、もういない」
その言葉は、
羨望でも嫉妬でもなく――
ただ“エレノアだけ”を求める本能だった。
エレノアの肩が小さく震え、
瞳が揺れる。
(ああ……可愛い)
名前を呼ぶだけで胸が痛む。
触れたい気持ちが、
指先から喉元まで熱くせりあがる。
エレノアは耳まで赤くなりながら、
かすれた声を漏らした。
「~~~~~っ」
その反応に、
ルベルの理性がまた一つ焼け落ちる。
(……離したくない)
でも――
エレノアが怯える顔だけは見たくない。
ギリギリのところで、
ルベルは指先を伸ばしたまま動きを止めた。
「……エレノア」
囁きなのに、
胸の奥まで響くような声。
「今、触れたら……
きっと、止まれない」
真紅の瞳が、
苦しげに、甘く細められていた。




