それぞれの視線で見送る朝
玄関先には、
まだ柔らかい朝の光が差し込んでいた。
魔道具と魔術具の最終整理も終わり、
ノワールは帰る準備を整えて立っている。
「エレノア。
また来る。報告と……」
そこで軽く間を置き、
いつもの落ち着いた声で続けた。
「何か欲しいものはあるか?」
(え、欲しいもの……?)
突然すぎて、
エレノアの口は勝手に動いた。
「えっと……
召喚獣の論文の最新版が……あれば……」
ノワールが目を見開き、
ほんの一瞬だけ息を止めた。
「……ふむ。
召喚獣、か。わかった」
静かな声。
けれど確実に何かを捉えたような響き。
(あ、まずい……!
ルベルのこと、疑われた……!?)
ルベルはというと――
真紅の瞳だけで
ノワールを“刺すように”睨んでいた。
(……もう来るな)
言葉にしてないのに、
その気配は痛いほど伝わる。
魔力までピリッと揺れている。
ノワールはというと、
そんな視線を軽く受け流すように穏やかに微笑んだ。
「じゃあ、しばらくしたら届くようにしておくよ。
報告も兼ねてまた来る」
(えええ……!また!?
いや、必要だけど……!
ルベルの機嫌が……!!)
エレノアが慌てて笑おうとしたとき、
ルベルの手がそっとエレノアの背中に回された。
無言の牽制。
無言の独占。
ノワールはわずかに目を伏せ、
その仕草を見逃さなかった。
「……エレノア。またね」
そう告げて、
馬車へ歩いていく後ろ姿は
どこか複雑で、どこか覚悟めいた静けさを帯びていた。
扉が閉まる音がした瞬間――
家の中の空気は、
ルベルの獣めいた熱を帯びた沈黙に支配された。
エレノアは心臓を押さえながら、
嵐の予感に小さく息を呑んだ。




