甘い囁きと、逃げ場のない予感
「と、とにかく!
ちょ、ちょっと離れて……!」
震える声で言った瞬間、
ルベルの胸が大きくひとつ波打った。
(ドクン)
体温が上がるような音が、
エレノアの耳にも届いた気がした。
「……落ち着かない……から……」
絞り出すように言うと、
ルベルは一瞬だけ目を見開き――
次の瞬間、
片手で両目を覆い、仰ぐように顔を上げた。
大きく、深く、息を吸い込む。
まるで、どうしようもなく溢れそうな
衝動を押し殺すみたいに。
指の隙間から見えた真紅の瞳は、
まだ完全には静まっていなかった。
(……やばい、これは……
落ち着いてるようで、全然落ち着いてない……!)
エレノアが一歩下がると、
ルベルはゆっくり手を下ろし、
そして――
ふっと笑う。
その笑みは優しいようでいて、
どこか底が知れない甘さ。
ルベルは一歩だけ近づき、
エレノアの耳元に唇を寄せた。
「……エレノア」
低くて、甘くて、震えるほど危険な声。
「あの男が帰ったら……覚えておいて?」
囁きの余韻が耳を撫で、
エレノアは息を呑んだ。
ふわりと熱がこもったような囁き。
でも、その奥には――
完全に独り占めしたい獣の本能が隠れている。
囁いた後、ルベルはそっと距離を取った。
あからさまに“これ以上近くは危険”と判断したように。
けれど、その真紅の瞳だけは
まだエレノアに深く絡みついたまま離れない。
(とんでもない事になりそう……
ど、どうしよう……)
エレノアは胸元を押さえ、
逃げ場のない甘い予感に震えた。




