焦りと、真紅の影
「ル、ルベル、その……違うの!
ノワールとは、そういう……!」
必死に言葉を紡いだつもりだった。
だけれど、ルベルはまったくこちらを見てくれない。
真紅の瞳は、
普段よりもぐん、と色が濃くなっている。
まるで、深い水底へと引きずり込むみたいな――
そんな怖いほどの赤。
(や、やばい……これ絶対怒ってる……!)
震える息を押し殺して続ける。
「近かったけど、なんでもなくて!
えっと、質問されただけで……違うの、本当に……!」
言えば言うほど、言葉が支離滅裂になっていく。
自分でもわかる。
“なんでもない”と言いながら、
“近かった”と自白しているようなものだ。
ルベルの肩がぴくりと動いた。
「……ノワールが、質問?」
低い。
さっきまで料理をしていた時と違う、
深く沈んだ声。
エレノアは慌てて首を振る。
「えっと、その……
ちょっと、む、難しい質問……で……」
(あああバカ私!なんで言いよどむの!?)
言葉を探して目を合わせた瞬間。
――エレノアは息をのむ。
ルベルの真紅の瞳が、
どろりと濁ったように深く光っていた。
瞳孔がわずかに開き、
感情がむき出しになった捕食者のような光。
(ひっ……!)
怖いというより、
胸の奥がぎゅう、と掴まれるような
そんな圧のある視線。
ルベルは一歩だけ近づいた。
「……触れられてた?」
「え、え、触れて……ない、よ……!」
「近かった?」
「ちょ、ちょっと……」
自分で墓穴を掘っている気がする。
しかし嘘はつけない。
ルベルの指先が震え、
かすかに握りしめられる。
「エレノア」
名前を呼ばれるだけで、
背筋がびり、とした。
「俺の前で……あんな顔、するなよ」
「あんな顔……?」
「ノワールに向けた“あの目”」
「ち、ちが……っ!」
「違わない」
ぴしゃりと、拒絶するように切り捨てられた。
だけどその声音には、
怒りだけじゃなく――
寂しさが混じっていた。
「……俺、昨日……
エレノアと、一緒に寝たかった」
唐突で、素直で、切ない言葉。
胸の奥が痛くなった。
「でも……我慢した。
エレノアがイヤだったら嫌だから。
……でも」
ゆら、と真紅の瞳が揺れる。
「ノワールには……近づいていいのか?」
「ち、ちが……!
ノワールにもそんなつもりないし、
ルベルの方が……その……!」
その……なに?
頭が真っ白で、言葉が続かない。
(もう、やだ……なんでこんなに空回りするの……!?)
エレノアが混乱して黙り込むと、
ルベルが悲しそうに目を伏せた。
「……エレノア」
かすれた声。
「俺を、見て」
呼吸が止まるようなその響きに、
エレノアはゆっくり顔を上げた。
ルベルの真紅の瞳は――
さっきよりもさらに深く、甘く、危うく開いていた。




