片付けなのに戦場みたいなんだけど
食卓を離れたあとも、
気まずさは一ミリも消えていなかった。
エレノアは慌てて皿を重ねながら、
心臓を押さえたくなる。
(ど、どうしよう……
ノワールの質問……
ルベル、答えなくてよかった……よね?
でも……でも……あぁぁぁ……)
ルベルは無言でエレノアから皿を受け取り、
ゆっくりと流しへ向かう。
ただの歩くだけなのに、
背中がやたら“危険な大型獣”だった。
(ノワールの……あの言葉……
“どこで知り合った”……
“気になっていた”……
エレノアが……取られる……)
黒い気持ちが胸の奥でぐつぐつと沸騰していた。
ノワールはノワールで、
洗う二人の背中を眺めながら思案する。
(今の反応。
隠している、というより……言えない?
エレノアの態度もおかしい。
……単なる恋の隠し事なら、
もっと可愛らしいごまかし方をするはずだ)
ふたりの挙動すべてが、
彼の“推理癖”を刺激していた。
エレノアはシンクの前で、
ルベルが皿を洗う横に立ち、
少し距離をあけて水切りカゴを持つ。
なのに、
距離はなぜか妙に近かった。
(わ、私、さっき……
寝る前の……あれ……思い出した……
ルベルと一緒に寝たいとか……
そ、そんなわけないのに……!)
自分の中の混乱が止まらない。
ルベルはそんな彼女の魔力の揺れを感じてしまい、
ますます不安定になる。
(……混ざりたい。
そばで……落ち着けさせたい……
でも、ノワールがいる……
……邪魔だ)
ノワールはその微妙な空気の流れを
逃さなかった。
(……やはり“普通の男”ではない。
エレノアの魔力の揺れと、
この男の反応が……妙に一致している)
洗い終わった皿の音が、
ひどく響いた。
エレノアがカゴを持ったまま
ぽーっと固まってしまったので、
ルベルがそっと
“手が触れないように”
皿を入れていく。
(エレノア……泣きそう……?
やっぱり、ノワールと——)
ここでノワールが不意に声をかける。
「エレノア、無理してないか?」
エレノアはビクンと跳ねた。
「ひゃっ!? わ、わわ、わたしは元気!」
(だめだ……今日の私は……挙動が……
いつもより変……!)
ルベルがぎゅっと皿を持つ手に力をこめる。
(また“エレノア”と名前を呼んだ……)
ノワールは二人の様子を見ながら
静かに、しかし確実に確信を深めていく。
(……隠し事、だな。
エレノアの魔力の乱れ。
ルベルの過敏な反応。
これは“偶然”ではない)
皿洗いという平和な作業のはずが、
空気は完全に戦場だった。
エレノアは震える声で言う。
「……か、片付け、おわった……
あとでお茶、入れるね……
リ、リビングで待ってて……」
ルベルとノワールが
同時に「ありがとう」と言った。
その瞬間、
エレノアの肩が跳ねて、
気まずさはついに限界値へ。
(あぁぁぁ……もうやだ……!
胃が痛い……!)




