朝の火花と、気まずい朝食準備
階段を上がってきたノワールは、
廊下の光景を見た瞬間、足を止めた。
エレノアは顔を真っ赤にして立ち尽くし、
その足元にはルベルが座ったまま見上げている。
ただの偶然——ではない。
昨夜感じたあの“魔力の揺らぎ”が、
脳裏で重なった。
(……やはり。
彼女の部屋の前で一晩中……か)
言葉にせずとも
ノワールの目が物語っていた。
“お前は何者だ”
その静かな問いに、
ルベルの背筋がかすかに震える。
喉奥で何かが低く唸りたがる。
本能の部分だけが、ノワールを敵と認識していた。
(見られた……こいつに。
エレノアを守っていた俺を……)
紅い瞳が一瞬だけ獣めいて揺らぐ。
ノワールはそれを見逃さなかった。
(やはり、ただの青年ではない……)
エレノアは耐えられなくなったように叫んだ。
「と、とにかく!! お、おはよう!!
朝ごはん作らないと!! ね!!」
逃げるようにキッチンへ駆けていく。
残された二人の視線がぶつかった。
言葉は交わさない。
だが空気が鋭く軋む。
ルベルの奥底で、黒い渇望がざわついた。
“あいつを遠ざけたい”
“エレノアに近づくな”
ただし、それを口に出すわけにはいかない。
エレノアに怒られるからだ。
ノワールはノワールで、
静かに決意を固めていた。
(……彼の正体。
このまま放置するべきではないな)
だがエレノアの前で問いただすのはもっと違う。
二人とも——理性のギリギリで踏みとどまっていた。
キッチンから、エレノアの震えた声が聞こえる。
「え、えっと……ルベル、ノワール……
あの……手伝ってくれる?」
失敗した。
言った瞬間に後悔した。
ノワールとルベルが
無言でこちらに向かってくるのが分かった。
気まずさ MAX の空気のまま、
3人で並んで朝食準備が始まる。
エレノアはフライパン、
ルベルは材料を切り、
ノワールは静かに皿を並べる。
なのに誰も一言もしゃべらない。
しゃべらないのに、
空気だけが盛大にざわついている。
エレノアは内心泣きそうだった。
(……なんで……
なんで朝からこんな修羅場になってるの……?)
そんなエレノアの願いとは裏腹に、
男二人はまったく譲る気配がなかった。
僕が切る
俺が切る
そんな些細なことで無言の攻防をしながら、
最悪に気まずい朝が静かに進んでいった。




