扉一枚
ルベル視点
扉の前に立ったまま、
夜がずっと続いている気がした。
(……エレノア)
扉一枚隔てただけで、
彼女はそこに“いる”。
いつもと同じはずなのに、
なぜこんなにも遠く感じるんだろう。
(本当は……一緒にいたかった)
あのとき、扉の前で言ってしまった。
自分でも驚くほど素直に。
――一緒に寝たい。
エレノアの瞳が揺れた瞬間、
胸の奥がほぐれるように甘くなった。
でも、そのすぐあとだった。
階段からノワールの声が聞こえた。
「エレノア?」
あの声で、空気が一瞬で冷えた。
(……邪魔が入った)
喉奥に小さな唸りが漏れそうになったのを必死に押し込んだ。
ノワールはエレノアの名前を呼ぶ。
当たり前のように呼ぶ。
まるで……そこにいる資格があるみたいに。
(エレノアの名前は……
本当は、俺だけが呼びたいのに)
静かに胸が痛む。
――本能が吠える。
“ここに入れ”
“触れろ”
“甘い魔力に包まれたい”
“番を確かめろ”
そんな衝動が、ずっと波打っている。
(だめだ。エレノアが嫌がる)
わかってる。
理性は、わかってる。
彼女はまだ俺を“人”として見ようとしてくれている。
ただの召喚獣じゃなく、
ただの番候補じゃなく。
その信頼を壊すわけにはいかない。
……それでも。
扉の向こうから、微かな気配が揺れた。
眠れずに動いたのだろう、布団の擦れる音。
そのあと、ほんの短い溜息。
(……エレノア)
胸が軋んだ。
触れたい。
腕の中に欲しい。
魔力で包んで眠らせたい。
“隣にいたい”という想いが、
どうしようもなく膨らむ。
扉に指先をそっと置く。
触れたところから、かすかに熱が移った。
(……聞こえてる?
俺はここにいる。
君が眠るまで……ずっと)
扉の向こうから、また気配が揺れた。
耳を澄ませると、布団が動く気配。
(眠れないの、エレノア?
……俺も同じだ)
小さな笑みが漏れそうになった。
けれど同時に、胸の奥の痛みも増していく。
(もしノワールがいなかったら……
今日は……一緒に眠れていた?)
考えた瞬間、
自分の中の本能が牙を立てた。
“あの男を排除しろ”
“エレノアの隣を奪われるな”
“番を奪われたら終わりだ”
息が荒くなりかけ、
爪が軽く床を噛んだ。
(だめだ。エレノアが嫌がる……
嫌がる顔は……見たくない)
ぎりぎりで、理性が踏みとどまる。
そして静かに、
扉の前に座り込んだ。
(ここでいい。
今日だけでも、ここにいさせて)
彼女の気配があるだけで、
胸が甘く満たされていく。
眠れない夜。
息を潜めて、ずっとそこにいた。
エレノアの安らぐ気配が訪れるまで、
彼は動かなかった。




