火花は見えないけれど、確実に飛んでいる
夕食の準備がひと段落し、
テーブルに皿が並び始めた。
……その瞬間だった。
(……これは鈍い私でもわかる)
空気が――重い。
ルベルが湯気の立つ皿を運びながら、
ちらっ……ノワールを横目で見る。
ノワールはノワールで、
にこやかに食器を並べつつ、
まったくルベルから目をそらさない。
(え、なにこれ?
なにこれ??)
夕食なのに胃が重い。
別の意味で。
ルベルはわたしの皿だけ
やたら綺麗に盛り付けてくれるし。
ノワールの皿は――
エレノア「……え?」
ルベル「どうかした?」
エレノア「ノワールの……だけ……ちょっと……」
ルベル「あ。わざとじゃない」
絶対わざとだ。
ノワールはそれを見ても穏やかに笑い、
しかし目はまったく笑っていない。
(こわ……)
でも怒らない。
器がでかいというか、
余裕というか……
いや、余裕だ……。
ノワールは静かに落ち着いた声で言う。
「ありがとう、ルベル。」
「……どういたしまして」
笑顔のままの二人の間に、
透明で分厚い壁みたいなものが立っている。
(やだ……どうしよう……!)
火花は見えない。
殺気もない。
でも、
空気の温度差がすごい。
ノワールがさりげなくお茶を注ごうとすれば、
ルベルがわざと近くを通る。
ルベルが私にスープをよそえば、
ノワールがその様子を
さりげなく観察している。
そしてことあるごとに、
二人の視線がぶつかる。
――カチッ。
音はしていないのに、
“そう聞こえた”ほどの強さ。
エレノア(あ……あぁぁ……
これは……絶対……やばい……)
私はただ、
スプーンを持ったまま固まっていた。
大好きな夕食なのに、
味がしない。
というより――
食べてもいい空気なの、これ?
なんとか夕食を平和に終えたくて、
私はおずおずと笑う。
「……あ、あの……。
せっかくだから、一緒に食べよ?
ね? ね……?」
「もちろん」
「もちろん」
声音は優しい。
でも。
(……同じこと言ってるのに、なんでこんなに怖いの……?)
二人の“一緒に”の意味が、
どう考えても平和じゃなかった。




