夕暮れの気まずい三角形
「そ、そろそろ……夕飯、作ろうかな」
エレノアが声を上げると、
ぴりついていた空気が一瞬でゆるんだ。
すぐに二人の声が重なる。
「手伝うよ」
「俺が作る!」
その温度差があまりにも極端で、
エレノアが「えっ」と固まった。
ノワールは落ち着いた笑みを浮かべている。
「この家に泊まるんだ。遠慮する理由はないだろう?」
ルベルはやたら必死だ。
「エレノアは座ってて。俺がぜんぶやる!」
ただ、その“やる気”の正体は……
どう見てもノワールに対する対抗心のせい。
エレノアは苦笑しながら両手を振る。
「ちょ、ちょっと待って、二人とも……
あ、あの、私が――」
「エレノアは疲れただろう?」
「エレノアは休んでて」
ふたりの声音は違うのに、
結論はまったく同じ。
結果。
エレノアはリビングへ押し出されるように案内され、
ノワールも自然な流れで隣に座ることになった。
ルベルはキッチンの向こうで、
包丁を握ったまま、
何度もちらちらとリビングを見やっている。
(……見てる)
エレノアは視線を逸らしながら、
少し落ち着かない気持ちでノワールを見た。
「ノ、ノワール……ごめんね。こんな……」
「いや。」
ノワールは穏やかに微笑む。
「エレノアと少し話せるのは、むしろ嬉しいよ」
その言い方が優しすぎて、
エレノアの心臓が変な跳ね方をする。
キッチンの包丁の音が、
カンッ!
と不自然に強く響いた。
(……ルベル)
ノワールは小声で囁く。
「あれは……わかりやすいな」
エレノアは顔を覆った。
「うぅ……お願いだから気にしないで……」
「気にしてないよ」
ノワールの低い笑い声は、変わらず穏やかだ。
キッチンのルベルは――
嫉妬と焦りと、好きの気配だけで料理をしている。
そんな、奇妙で優しい夕暮れが、
静かに流れていった。




