友人の話題と、言えない秘密
棚を整理しながら、ノワールがふと口を開いた。
「そういえば――
こっちに越してきてから、友人はできたか?」
エレノアの手が止まる。
「……え、えーっと……」
(や……やめて……その質問……
友人……いない……
ゼロ……なんて言えない……)
脳裏に、昔の光景がじわりと蘇る。
――初めて村へ挨拶に行った日。
緊張しすぎて言葉が出ず、
子どもたちに囲まれて泣いてしまった。
……それ以来、もう普通に話しかけられなくなった。
(村の子たちの前で泣いて、
それからからかわれて……
そこからボッチ道まっしぐら……なんて……
言えるわけない……!!)
もごもごと口ごもったままのエレノア。
ノワールは少しだけ困ったように笑った。
「……ああ、いや。無理に言わなくていい。
ただ、前より話せなくなってるように見えて……心配だった」
エレノアはびくりと肩を揺らす。
ノワールの声は本当に優しくて、責める気配はまったくない。
「集会で会うたびに、
少しずつ人見知りが強くなってる気がしてね。
前はもう少し……話しやすそうだったから」
「え、えっと……その……」
(やめて……優しくされたら余計に言えない……)
エレノアは顔を伏せた。
その横で――
ルベルは静かに、しかし耳をピンと立てて二人の会話を聞いていた。
(……友人?
必要なのか……?
エレノアには俺がいるのに……)
言わない。
言いたいけれど、エレノアに叱られるのは嫌だ。
じわじわと、低い魔力の渦が足元に溜まっていく。
ノワールはルベルの気配に気づきながらも、
あえて何も言わず、そっと微笑む。
「エレノア。
誰かに無理して合わせなくていい。
僕は……昔から君のままでいいと思ってる」
「……っ」
エレノアの胸が、きゅっと痛くなる。
そんな二人の空気があまり気に入らないルベルは、
そっとエレノアの腕に自分の手を添えた。
「……エレノア。
こっちの箱……重い。持って」
わざとらしくない程度に、
“自分のほうを見るよう” 控えめに誘導する。
エレノアは「あ、うん」と返してルベルを見る。
ノワールはそのやり取りを見て、少しだけ目を細めた。
ルベルは控えめにエレノアの腕へ触れ、
自然に彼女の注意を自分へ引き戻した。
その仕草を見ながら――
ノワールはわずかに目を細める。
(……やっぱり、あの男。
自然に彼女を引き戻す……あれは……)
癖のようでもあり、
長年寄り添ってきた相手に向ける距離感のようでもあった。
けれど、ノワールには心当たりがない。
エレノアはそんな存在について何も話していなかったし、
彼女が“誰かと特別に親しくしていた”記憶もない。
(……後で、エレノアに聞いてみるか。
あの男とは……一体どういう関係なのか)
そこに敵意はない。
ただ純粋な疑問と、
少しの――胸のざらつき。
エレノアが気にしていないように見えるぶん、
ノワールの胸の奥だけに、静かに違和感だけが沈んでいく。
沈黙が、三人の間をふわりと揺れた。




