埃と記憶と、すれ違う視線
古い屋根裏部屋は、今日も魔道具と魔術具で散らかっていた。
ノワールは手袋をはめながら、棚の上の封じられた触媒をそっと持ち上げる。
エレノアはその横でマジックバッグを抱えて、いる物といらない物を分別していた。
「これ、まだ使える?」
エレノアが透明な瓶を指さす。
「うん。蒸留すれば触媒になる。…これは…懐かしいな。
昔、レーヴェン師に怒られながら二人で片付けたの、覚えてる?」
エレノアはきょとんとしたあと、
ふっと笑った。
「覚えてるよ。
ノワールが棚から落ちかけて、泣いた時でしょ?」
「泣いたのは……エレノアのほうだったな」
「う……だって落ちたら痛いし……!」
エレノアが頬を赤くしながらふくれる。
その横で、ルベルは古い杖の破片をまとめながら黙って耳を動かしていた。
(……二人で片付け?
怒られながら?
なんでそんなに楽しそうに喋る……)
魔力がくるり、低く鳴る。
だがエレノアは気づかない。
ノワールは続ける。
「エレノアは昔からよく泣いてたよ。
怪我した時も、褒められた時も、驚いた時も」
「ち、ちが……そんな泣いてないよ!」
「してた。特に――」
ノワールが懐かしそうに目を細める。
「エレノアが八歳で、僕が十歳だった頃。
一緒に森で遊んでて、迷った時があっただろう?」
「……あった……」
エレノアの声が小さくなる。
「僕が『大丈夫』って言ったら、
その瞬間に安心して泣き出した」
「や、やめてよぉ……恥ずかしい……」
彼女が耳まで真っ赤になる。
ノワールは穏やかに笑った。
「可愛かったよ」
ガタン。
ルベルの持っていた木箱が落ちた。
振動で中の道具がカチャリと鳴る。
「……(可愛かった? 過去形? 今も思ってるだろ……)」
だが口には出さない。
出したらもっとややこしくなると知っているから。
エレノアがルベルに声をかける。
「ルベル、大丈夫? 手、怪我してない?」
「……してない」
返事は短いのに、視線はエレノアにだけ柔らかい。
ただ、ノワールのほうへ向けられる眼差しはすこし刺さっている。
ノワールは気まずさより、懐かしさのほうが勝っていたらしい。
「エレノアが十四歳の時、急にこの村へ引っ越しただろ?
……あの時は寂しかったよ。
君がいなくなるなんて、思ってなかったから」
エレノアはゆっくりと瞬きをした。
少しだけ胸の奥が痛むような、
懐かしくて、嬉しいような感情が浮かぶ。
「……そう、だったんだ」
ノワールは口元だけで静かに笑う。
「もう会えないんじゃないかと思った」
ルベルの魔力がピクリと揺れた。
(……言ったな……今……
“寂しかった” とか “会えないと思った” とか……
なんでそんな顔で言うんだよ……)
しかしやはり黙っている。
エレノアは気づかずに、そっとマジックバッグを差し出した。
「ノワール、次の棚の分……入れてもいい?」
「もちろん。手伝ってくれると助かる」
ノワールが柔らかく目を細める。
その笑顔を見た瞬間、
ルベルはひそかにため息を落とした。
(……まただ。
また二人の思い出、俺の知らないやつ……)
魔力は見えない尻尾のように、
床の上で小さく丸まっていた。




