朝の光と、少しのすれ違い
朝日が静かに差し込む食堂に、
ノワールはふっと小さな欠伸を噛み殺しながら入ってきた。
目の下には、ほんのわずかだが疲労の影。
夜遅くまで調べ物をしていたのは明らかだった。
そんな彼を見つけたエレノアが、
ぱっと心配そうに近づく。
「ノワール、寝不足……?
わたし、何かうるさかった?」
「エレノアが原因じゃないよ。
ちょっと調べ物をしていただけだ。大丈夫」
そう言って微笑むノワールの声は柔らかい。
エレノアの心配をふわりと包むようで――
それを見ていたルベルの眉間が、わずかにキュッと寄った。
「……眠気覚ましのハーブティー、淹れようか?」
「ありがとう。
エレノアに淹れてもらえるなら、どんなものでも効きそうだ」
ノワールがそう笑った瞬間。
食堂の奥で、
“ガタンッ” と皿の音が鋭く響いた。
ルベルである。
(……効きそうだ、じゃねぇよ……)
心の中で何かがぶつぶつ言っているのが、
誰にでも見えるほどにわかりやすい。
それでも、
エレノアの言葉が自分に向けられていると気づくと
しゅんと耳(比喩)が下がる。
「ルベル、朝食……並べてくれてありがとうね。
手伝ってくれて、助かったよ」
エレノアの声が届いた途端――
「……うん」
途端に仕草が素直になり、尻尾(比喩)が小さく揺れた。
だが次の瞬間、ノワールの前に置かれた皿を見たエレノアの顔が固まる。
エレノアの皿:
彩りよく、綺麗な盛り付け。
野菜も果物も丁寧に並べられ、まるで朝の一皿の見本。
ノワールの皿:
……パン一枚と焦げかけた卵。
「ルベル?」
「……っ」
にっこり笑うエレノアに、
ルベルはビクッと震えて、肩をすぼめた。
「ご、ごめん……。
盛り付け、気づいたら……その……」
ノワールは困ったように笑いながら、
「大丈夫だよ。
僕は朝は軽いほうが好きだからね」
とフォローするが――
エレノアのゆるい視線がルベルに刺さる。
「ルベル。差をつけすぎないの」
「……わかった」
しょぼーん。
影は丸まり、
かつての魔獣の圧など一切ない。
朝の食堂には、
柔らかい光と、少しだけ甘くて苦い空気が流れていた。
エレノアが席に座ると、
ノワールは自然に彼女の正面に座り、
「エレノアの淹れたお茶、楽しみにしてる」
「……うん!」
と嬉しそうに返事をする。
その横でルベルは、
「……(またか……)」と小さく唸りつつも、
結局エレノアのために器を整え続けていた。




