静かな違和感
ノワール視点
客間に割り当てられた部屋は、
古い屋敷にしては驚くほど清潔で整えられていた。
ノワールはコートを椅子の背に掛け、
机の上にひとつ、布をかけられた箱を置く。
昼間、棚の奥で見つけた“あの魔術具”だ。
(……エレノアの魔力の、残り香)
それがどうにも気になっていた。
彼女の魔力は繊細で、柔らかく、透明度が高い。
他の魔術師の魔力より、痕跡が残りづらいタイプだ。
それなのに――
指先で触れた瞬間、あれほど濃く反応した。
(触っただけで呼応するなんて……普通じゃない)
ノワールは静かに蓋を開けた。
淡い紫の光を宿した、小さな欠片。
形は不定形で、もはや“魔術具”と呼べるのかすら怪しい。
しかし、封印術だけはしっかりと掛かっている。
しかも――
「……二重封印?」
ノワールは思わず眉を寄せた。
外側の封印は粗い。
だが内側の封印……こちらは恐ろしく丁寧で、強固だ。
(これはレーヴェン師の術ではない。
誰が、こんな高位の封術を……)
光を抑えるため、掌に軽く魔力を馴染ませる。
すると――
ビクリッ。
魔術具が、手の中で“怯えたように”震えた。
ノワールは動きを止める。
(……怯えている?
まるで、何かから逃げて封じられたような……)
違和感はそこだけではなかった。
封印の奥――
微細な、ほとんど霧のような魔力の糸が揺れている。
その“揺れ方”を見た瞬間、ノワールの心臓が小さく跳ねた。
(これは……エレノアの魔力に似ている。
だが、完全に一致はしない)
親族の魔力にも似ていない。
彼女が扱った痕跡とも違う。
けれど、
どうしても“彼女を連想させる気配”が残っている。
ノワールはゆっくりと息を吐いた。
(……まるで、彼女の魔力に引き寄せられているみたいだ)
だから、棚の奥から自分を呼んだ――
そう考えれば辻褄が合う。
だがここからさらにひとつ、
もっと大きく、面倒な可能性が浮かび上がった。
(これが、エレノアを狙った“誰かの仕掛け”だとしたら――)
喉の奥がひどく冷える。
レーヴェン師の死。
封印された魔術具。
エレノアの魔力に呼応する残滓。
点と点が、ゆっくりと形を結び始める。
(……この家の中には、まだ“見落とし”がある)
ノワールはそっと箱を閉じ、
椅子から立ち上がった。
彼の視線は、静かな客間の扉へと向かう。
(エレノアを巻き込む前に、俺が確かめる)
そして、
扉へ伸ばした手の先で――
廊下の空気がふっと揺れた。
まるで、何かが気配を隠したように。
ノワールは静かに目を細めた。
(……やはり、この家は放置できない)




