想定外の数と、静かな滞在
屋敷の一室。
午後の光が古い窓枠を抜け、棚に積まれた魔術具に淡い金色の縁を落としていた。
埃の匂いと、わずかに甘い魔力の残滓が混ざり合い、空気はひどく“古い研究室”の気配を帯びている。
ノワールは棚の前で腕を組み、目の前の光景に小さく息を吐いた。
「……想定以上だな。これは一日では終わらない」
棚の中だけでなく、床下の小型収納、天井近くの隠し棚、机の下の箱。
開けてみれば、レーヴェン師が生前に扱った魔道具・魔術具が、
“分類前のまま”ぎっしりと詰め込まれている。
ラベルなし。
魔力痕跡そのまま。
封印が甘いものまで混ざっている。
まるで誰かが長年かけて作った“謎解きの山”のようだった。
背後でエレノアが困ったように眉を下げる。
「……ご、ごめんなさい……。
ちゃんと片付けようと思ってたんですけど……その……」
彼女の声はしぼんでいるが、部屋中の散らかった試験器具が
“本当に手が回っていなかった”ことを静かに証明していた。
ルベルはそんなエレノアの肩にそっと寄り添いながら、
ノワールの方へ不満そうな視線を向ける。
「……だから言っただろ。
エレノアは無理をしてる。全部一人で抱えるから」
忠獣のように寄り添う姿だが、言葉の端にかすかな牽制が混ざる。
ノワールは彼の視線に気づいていながら、
あえて穏やかな微笑みを返す程度に留めた。
「いいや、責めているわけじゃない。
問題は“量”だ。これは……少なく見積もっても三日はかかる」
エレノアが目を丸くする。
「み、三日……!?
そ、そんなに……?」
「封印の確認だけでも相当な手間だ。
無理に急げば危険なものもある。
だから――」
ノワールは落ち着いた声で言う。
「エレノア、部屋は空いているか?
できれば……ここで数日、作業を続けたい」
エレノアは一瞬きょとんとし、
それから小さくうなずいた。
「え、えっと……客間なら空いてます。
好きなだけ使ってください。
あ、あの……散らかってても……気にしないで……」
「ありがとう。助かるよ」
ふと視線を移すと、ルベルがむすっとしていた。
が、エレノアに“泊まり”と聞いて尻尾が立ったのか、
微妙にソワソワしている。
「……ノワール、お前は客間。
エレノアの部屋は……俺の隣だ」
「それは分かっている」
二人の静かな火花をよそに、
部屋の窓から吹き込む風だけが、
古い魔術具の欠片を揺らしていた。
こうして――
想定外の量の魔術具により、
ノワールの数日滞在が決まった。
屋敷に、しばし賑やかな日々が訪れる。




