訃報と、胸に落ちる小さな後悔
ノワールの口から
シュヴァルツ様の名が出た瞬間――
胸が、ぎゅっと縮んだ。
(シュヴァルツ様……
本当に……いなくなっちゃったんだ……)
エレノアの師匠――レーヴェン師と
シュヴァルツ様は、
若いころからの長い付き合いだと聞いていた。
魔術の流派は違うのに、
なぜか気が合ったらしく、
よく夜遅くまで酒を酌み交わして
語り合っていたという。
それを見ていた幼いエレノアは、
二人の背中がとても頼もしくて、
あたたかくて好きだった。
(レーヴェン師が亡くなったあと、
すぐにシュヴァルツ様から手紙が来たっけ……
“寂しくなるな”って……
“エレノアは大丈夫か”って……)
その手紙には
滲むような筆跡で“病”のことが書かれていた。
「会いに来るかい?」
そんなやさしい一文も添えられていた。
でも――
(行けなかった……
怖かった……
悲しい顔を見せたくなかった……
今思えば、あのとき行くべきだったのに)
後悔の波が胸に押し寄せる。
ノワールが静かに続ける。
「シュヴァルツ様は……
レーヴェン師のことを、最後まで話していたよ。
“あいつとの酒は美味かった”って。
……そして君のことも」
エレノアの目が大きくなった。
「わ、私……?」
ノワールはうなずく。
「“エレノアは強くなった”って。
本当に嬉しそうだったよ」
胸がじんと熱くなる。
懐かしい名前。
懐かしい声の記憶。
そして、失ってしまった後悔。
(最後に……会いたかったな……)
エレノアが目を伏せていると、
ノワールがそっと声を落とす。
「無理に笑わなくていい。
……今は、悲しんでいいよ」
その言葉が優しすぎて、
胸がまた痛んだ。
(ノワール……
昔から優しかったな……
こんな私にも……いつも柔らかかった……)
ほっとする。
かつて師匠と過ごした時の“温度”がよみがえる。
だが――
背後に立つルベルの気配だけは
まったく違う色をしていた。
沈黙。
無表情。
魔力が冷たく張っている。
(な、なんか……
怖い……というか……不思議……
なんであんな……空気が……?)
エレノアは慌てて話題を変えた。
「あ、あのね……ノワール……
来てくれて……本当にありがとう……
その……どうぞ、あの……中へ……!」
自分でも何を言ってるのか分からない。
挙動不審が爆発した。
ノワールは微笑む。
「うん。
エレノアがそう言ってくれるなら」
その優しさに胸がじんとする。
しかしその瞬間。
横でルベルの魔力が一段階“低く”揺れた。
(ひっ……な、なにその反応……!?)
ノワールの来訪は懐かしくて嬉しい。
けれど、
新しい火種のにおいがする。
静かに。
じわじわ。
心の底から。
波乱の気配が――
エレノアにも伝わりはじめていた。




