117 ベアトリスとアルバートのこれから
歩いてくるアイリーンたちの姿を目にして、誰もが一度背筋を伸ばす。
表情が良く見えるところまで近付くと、アイリーンが今にも泣きそうな顔をしていて、アイリーン以外の全員がギョッとした。
「アイリーン王女殿下!?」
「どうされましたの!?」
「弟のレジナルドが何か失礼なことをしましたか!?」
エルバート、ティルダ、ベアトリスがそれぞれ声をかける。
椅子から立ち上がったベアトリスは、慌てて彼女の傍に寄った。だが、アイリーンは即座に否定した。
「ち、違うのです」
違う? だったら、どうしてそんなお顔を?
全員が同じ疑問を抱える中、アイリーンは表情を緩ませた。
「……ただ、とても嬉しくて」
「嬉しい……?」
ベアトリスが反復するように疑問を口にする。
「わたくし、ベアトリス様にお会いしてみたかったのです。スティソル王国の王立学園に在学中、レジナルド様がベアトリス様のお姉様だとお聞きしてから、ラドネラリア王国に向かう日をずっと楽しみにしておりました」
スティソル王国でも、アルバートの婚約者であるベアトリスは貴族なら誰もが名前を知っていた。それは、スティソル王国の公爵家が彼女と親戚であることも理由の一つだろう。
リリアンは、『カレラブ・2』のストーリーログでレジナルドとベアトリスの関係性を知った。
愛依と入れ替わってからは、アイリーンとしてレジナルドから姉のベアトリスの話を聞いた。そして、レジナルドに変に思われないために、ベアトリスに憧れを抱いていることを彼には打ち明けていた。
リリアンは再びベアトリスに会えたことが嬉しかった。だが、自分がここまで感極まるとはリリアンにとっても誤算だった。だけど、ここにはベアトリスやアルバートといった知っている顔がある。
凛々亜との入れ替りで、ベアトリスたちはリリアンの記憶の中の姿よりかなり成長している。それでも、憧れの彼女を前にして、子どものようにわんわんと泣かなかっただけ、リリアンも向こうの世界で成長したのだと思いたかった。
リリアンはこの世界に生を受けてから、時間の流れだけで言うと、まだ九歳ぐらいの年齢なのだ。元々少し大人びていたことと、凛々亜として過ごしていた期間に触れた知識や経験が、幸いしているにすぎない。まだまだ中身には幼い心も抱えているのだ。
「姉上、少しは弟を信用してください」
レジナルドがベアトリスに、むっとした声を上げる。
「そうは言っても、貴方がアイリーン王女殿下をエスコートしていたのだから、仕方ないでしょう」
「二人とも、姉弟喧嘩になる前にアイリーン王女を席へ案内しても?」
アルバートの指摘にベアトリスは「えぇ。勿論ですわ」と頷く。
「アイリーン王女殿下、こちらへどうぞ」
エルバートが二席分空いている隣へと、手振りで誘導する。そこへアイリーンとレジナルドは腰かけた。
「ところでアルバート様? わたくしたち、姉弟喧嘩していた訳ではありませんわよ?」
ベアトリスの隣に腰を下ろしたアルバートにベアトリスは弁明する。
「そうですよ。弟の私では姉上には口で勝てません」
「まぁ、レジナルドったら」
困った弟だわ、とベアトリスは笑う。周囲もそんな姉弟の様子が微笑ましくて、つられて笑っていた。
その後、遅ればせながらもそれぞれアイリーン王女に挨拶と簡単な自己紹介を行い、テーブルは和やかなお茶の席へと戻っていく。
「それにしても、レジナルドには久しぶりに会ったが、相変わらず仲の良い姉弟なんだね」
不意にアルバートが隣のベアトリスに話し掛けた。
「アルバート様たちには負けますわ」
「そうかな?」
アルバートは首を捻る。そして、頭の中にはベアトリスが記憶の秘薬で眠っていた頃の記憶が主に甦っていた。
ティルダには色々と怒られて、エルバートからはアルバートが気付いていないことを色々と教えられた。よく考えると、弟妹にはいつも心配されているような気さえしてくる。
ティルダが長年、フランクに想いを寄せていたことにも気付かなかったぐらいだ。アルバートは兄としての不甲斐なさをひしひしと感じた。
「私は、二人にいつも注意されてばかりの、不甲斐なくて頼りない兄だよ……」
ポツリとこぼした言葉に、ベアトリスは一瞬キョトンとした。
そして、「何を仰るかと思えば」と言いながらクスッと笑う。
「そんなことありませんわ。アルバート様は、兄として好かれていらっしゃいますよ。本当に不甲斐なくて頼りないお兄様だったら、きっと何も話してもらえませんし、見向きもされませんわ」
「そうかな?」
「えぇ。そうですわ」
こんな不甲斐ない兄を二人が慕ってくれているかもしれない。それがアルバートは嬉しかった。
だけど、最近のアルバートは不甲斐ないだけではない。残酷な未来を体験し、信じられないことに過去へ戻ってきた。
あの時間では叶えられなかった幸せと、友人たちの笑顔が目の前にある。
何より、ベアトリスが隣にいてくれている。
隣で笑ってくれている。
その現実がアルバートにとって一番の幸福だった。
ベアトリスを失わずに済んだだけでなく、改めて将来を約束した。ベアトリスとアルバートの手には新しく作り直した婚約指輪が嵌められている。
この先、私は何があってもベアトリスの笑顔を守る。
アルバートは指輪を新調する際、密かにそんな想いを込めていた。
「ところで、兄上はいつベアトリス様と結婚されるか、考えていますか?」
不意にエルバートが質問を投げ掛けた。それは、この場にいる誰もが気になっていたことだ。だが、誰もが聞く勇気を持てず、触れずにいた。
自分たちが話題の中心になり、ベアトリスは気恥ずかしくなる。
「お二人とも王立学園を卒業されて、婚約期間も長いですし、そろそろですか? 出来れば、私の婚約者が決まる前に知っておきたいです。発表が被ってしまっては、申し訳ありませんから」
全員の視線がベアトリスとアルバートに注がれる。
「そうだね……」
アルバートの考えるような言葉に、ベアトリスは隣の彼を見る。
「個人的には今すぐにでも結婚したいと思っているよ。それくらいベアトリスを大切に想っているからね」
そう言ったアルバートは、ベアトリスを愛おしそうに見つめる。ベアトリスもまた、そんなアルバートを嬉しそうに見つめた。
「だが、時期は二人で決める。だから、私たちのペースで決めるまで待っていて欲しい。恐らく、そこまで長くはかからないと思うから。ねぇ、ベアトリス?」
愛おしい人の問い掛けに、ベアトリスは「えぇ」と頷いた。
幼い頃から恋い焦がれていた想いが、あと少しで叶おうとしている。そんな現実にベアトリスの胸は幸せで一杯だった。
そう遠くない未来、二人は婚姻に向けて相談を始めるだろう。式の場所や日取り、それから衣装等々、決めることは多岐にわたる。それはアルバートもまだ未体験の未来だ。
この先も、二人を困難が待ち受けていることだろう。だが、婚約解消からの様々な困難を乗り越えて再び想いを通わせたベアトリスとアルバートなら、何でも乗り越えられる。何処か確信的な自信を二人は漠然と抱いていた。
ゲームからこの世界を覗く少女たちを含め、お茶の席に着いていた誰もがベアトリスとアルバートの表情に幸せを見て微笑む。
「わたくしもアルバート様と同じ気持ちですわ」
二人の幸せな日々は、まだ始まったばかりだ。
─おわり─
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沢山の方に読んでいただけて、とても嬉しかったです!
読んでくださった皆さまのお陰で、完結を迎えることが出来ました。
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