116 それぞれの婚約者のこと
王城の庭園にあるガゼボでは、ベアトリスとティルダのお茶会が催されていた。そこにはエルバートは勿論、ケイティとジェマも同席している。最近はこの五人で集まることが増えていた。
今日は隣国のスティソル王国からアイリーン王女がラドネラリア王国へ留学のために訪れる日だった。
彼女の母であるスティソル王国の王妃はベアトリスの母と親友だった。その縁があって、王立学園の寮が開かれるまでの間、アイリーンはリュセラーデ侯爵邸で過ごすことになっている。
一先ず、アイリーンはラドネラリア王国の国王夫妻に到着の挨拶をするため、王城へ立ち寄ることになっていた。
ベアトリスは妃教育の帰りに、弟のレジナルドと一緒に彼女を我が家へ連れて帰る手筈になっている。だが、アイリーン王女はラドネラリア王国まで長旅で疲れている筈だ。そこで、アイリーンに休憩してもらいつつ、彼女を歓迎するためベアトリスたちが定期的に行っているお茶会で集まりを開いていた。
因みに、アルバートは王太子として謁見の間で国王夫妻と共にアイリーンを出迎える役目を担っている。そのため、今この場には不在だ。
レジナルドも学友としてここまでアイリーンをエスコートするため、彼女を迎えに行っているところだった。
「そういえば、ティルダ王女の婚約発表まであと少しですわよね?」
ケイティの問いかけに、ティルダが「えぇ」と頷く。
「正式に発表されたら、お祝いさせて下さいね」
ベアトリスが言えば、「是非是非!」とケイティとジェマが身を乗り出した。
フランクが王立学園を卒業する少し前。公爵家と王家で話を行い、二人の婚約が決定したそうだ。ベアトリスたちは二人の友人として、特別に先に知らされた。
そして、このお茶会の五日後、ティルダとフランクの婚約がラドネラリア王国の新聞の一面を飾る。国を上げてお祝いムードに包まれたその日のことは、もう少し先の話だ。
尚、新聞の裏面では闇市の大規模摘発が行われた記事が掲載された。その時に摘発された闇市の中に、凛々亜がリリアンだった頃に贔屓にしていた店が含まれている。
リリアン処刑後もアルバートの指揮により地道な調査が続けられ、ようやく辿り着いた答えだった。
「それにしても、早々に婚約者探しをやめられたティルダ姉様が先に婚約するとは思いませんでした」
そう言うエルバートは、王命の婚約者探しはもう取り下げられていたが、今も継続して婚約者を探していた。と言っても、ある程度候補は絞られたようで、今は定期的に候補者のご令嬢とお茶をしている。
「それも、ずっと片想いされていたフランク様と」
エルバートが少し意地悪な笑みを浮かべて、ティルダを見た。“ずっと”を強調して放たれた言葉には、からかいが含まれている。それをその場にいた全員が感じ取った。
ティルダが頬を赤くする様子を誰もが微笑ましく眺める。
「エルバート王子、あまり彼女をからかわないでもらえるかな」
そんな声と共にティルダの後ろに影がさす。
「フランク様!」
ティルダが嬉しそうに呼ぶと、フランクが微笑んだ。
「今日はお茶会への招待をありがとう。遅くなってすまなかったね」
「公爵家の執務があったのですよね? 仕方ありませんわ。来てくださって、とても嬉しいです」
幸せそうな二人の会話をベアトリスたちは微笑ましい眼差しで見つめる。
「ティルダ姉様の王子様にそう言われては、仕方ありませんね」
エルバートが肩を竦めた。
「そ、そう言えば! ケイティ様とジェマ様も婚約されましたわよね? 半年ほど前に婚約者の有無をお尋ねしたときは、お慕いしている方もいらっしゃらなかったのに、いつの間にお話が進んだのですか?」
ティルダは自身から話題を逸らすと、瞳を輝かせた。人の色恋というのは気になるものだ。
「そうですわね。……わたくしとトレヴァー様は本の話題で話が合ったのです。そこから、気が付いたら仲良くなっていましたので、自然とそうなりましたわ」
「わたくしもケイティ様と似たような感じです。学園のパーティーをきっかけにマキシミリアン様と一気に距離が縮まりました」
「わたくしたちは王族の方と違って、盛大なお披露目などはなくても問題ありませんので、家同士が乗り気だと早く話が進むこともありますわ。わたくしはトレヴァー様のご両親に泣いて喜ばれてしまって、驚きました」
そう言うと、ケイティはその時のことを思い出したのか、「ふふふっ」と笑う。
「わたくしの場合は別の意味で驚きましたわ。ご挨拶に伺った際、マキシミリアン様がご親戚の伯爵家の跡継ぎになられると、そこで初めてお聞きしましたので」
ジェマとの婚約発表と同時に、マキシミリアンが伯爵家の跡継ぎになる情報も正式に解禁された。
ジェマを含むネヴィソン子爵家の人々は、このことを知ってからも発表までの間は周囲に黙っていた。マキシミリアンの生家であるバルテセル子爵家側は正式に婚約を結ぶまでの間、そういった秘密を守れるかを含めて婚約者となる人間を見極めていたらしい。
良い家柄のご令嬢が婚約者になってくれた! と、とても喜んでいたそうだ。
マキシミリアンを狙っていた他の令嬢たちはさぞ悔しかったに違いない。だが、ジェマは将来伯爵夫人になることも含めて、重責を感じているようだった。
「わたくしに伯爵家の嫁が務まるかしら……」
「ジェマ様なら大丈夫ですわ。それでも不安な時は。わたくしやベアトリス様がお話をお聞きしますわ!」
「ケイティ様……」
ハッとしたように瞳を大きくしたジェマにベアトリスが頷く。
「ケイティ様の仰る通りですわ。友人としてわたくしたちが出来ることなら何でも仰って下さい。代わりに、わたくしが困った時は、わたくしの相談も聞いて下さいませね」
ベアトリスが微笑み掛けると、ジェマが笑顔でケイティとベアトリスに「ありがとうございます」とお礼を告げる。
「ジェマ様、わたくしでも構いませんからね」
ティルダが付け足すと、ジェマは「ティルダ王女にご相談なんて畏れ多いですが、分かりましたわ」と頷いていた。
「おや、どうやらスティソル王国の王女様が到着されたようだ」
フランクの声に導かれるように、その場にいた全員の視線が庭園の入り口の方へ向けられる。
そこには女性をエスコートするレジナルドの姿があり、彼女がアイリーン王女なのだと理解する。また、レジナルドの反対側にはアルバートが付いていた。
他国から来た王女を二人で案内しているようだ。




