115 三人の友情
「アイリーン準備は出来たか?」
謁見の間。そこにエリックが入ってきたことで、ここにスティソル王国の国王一家が揃った。
兄からの問い掛けに、「はい。お兄様」とアイリーンは答える。
「帰ってくるのは一年後か。……寂しくなるね」
ディックがしんみり答えた。その表情は本当に寂しそうだ。
今日、アイリーンはいよいよ留学先のラドネラリア王国へ出発する。
「沢山、手紙を書きますわ」
「待っているよ」
にこりと微笑むディック。その後ろで国王が今にも泣きそうな顔になっていた。
「陛下、暫く会えないのですから笑顔でお別れしませんと」
「分かっているが……あぁ、私の可愛いアイリーン。何かあったらすぐ帰っておいで」
「もう、お父様ったら」
アイリーンは困ったように笑顔を浮かべた。
「だが納得できんな。よりによって、学園寮が開放されてされるまでの数日をレジナルドとか言う男の実家で過ごすとは」
「エリック、そう言わないで頂戴。リュセラーデ侯爵夫人はわたくしの親友よ。アイリーンを安心して預けられるわ」
いけすかない男がいる家だが、王妃が嬉しそうに微笑むので、エリックはそれ以上何も言えなくなる。
「夫人によろしくね。わたくしも久しぶりに会いたいくらいだわ」
「お母様のお気持ちはしっかりお伝えしますわ」
「ありがとう」
「それでは行って参ります」
アイリーンは家族に別れを告げ、侍女と共に謁見の間を後にする。
「行ってらっしゃい」
「アイリーン、元気でな」
「道中、気を付けてね」
「何かあったら直ぐに知らせろよ」
母、父、兄の順でそれぞれアイリーンに声をかけた。アイリーンは優雅に手を振ってそれに応えると、謁見の間を後にする。護衛と侍女に囲まれて城内を抜けると外に出た。
入れ替りから時間が経ったとはいえ、ここはまだ彼女にとって慣れない土地だ。それでも『カレラブ・2』をプレイして得た知識と愛依が咄嗟に記憶喪失だと発言したことで、リリアンはアイリーンとして立ち回ることが出来ている。
いよいよ、ラドネラリア王国へ行けるんだわ。
リリアンにとっては、リリアンが凛々亜と入れ替わってからまだ半年も経っていない。だが、リリアンはとても遠い昔のことのように感じていた。とはいえ、こちらの世界ではリリアンがラドネラリア王国を離れた日から十年以上の時が流れている。
見慣れた故郷はすっかり変わっているかもしれない。それでも、リリアンはラドネラリア王国へ戻れる日を心待ちにしていた。
リリアンだったの頃の両親にはもう会えない。だが、これから向かうレジナルドの家はリュセラーデ侯爵邸で、彼はベアトリスの弟だ。
憧れのベアトリス様に会えるだけでなくて、お屋敷でお世話になるなんて夢みたいだわ!
留学生活や学習面で多少の不安はあるものの、リリアンはそれも楽しみだった。そして、ふと思い出すのは、あちらの世界で友人に黙って入れ替わったことだ。
凛々亜は、……今頃、怒っているかしら?
そうは思うけれど、リリアン自身が決断して実行したことだ。
あちらの世界に長く居れば居るほど離れがたい気持ちが膨らんでいくのを感じていた。だから、愛依との入れ替りを早々に実施した。その事に後悔はない。
もう会うことは叶わないが、凛々亜も愛依もリリアンにとって大切な友人だ。
二人とも、どうか見守っていてね。
心の中で二人に話しかけながら、リリアンは馬車に乗り込んだ。
◇◇◇◇◇
「リリアン、いよいよラドネラリア王国に行くんだね」
「憧れのベアトリスに会えるからって嬉しそう」
とあるカフェの一角。そこで凛々亜と愛依はゲームの画面を二人で覗き込んでいた。
一月前、愛依の魂はこちらの世界に戻ってきた。
その前日、凛々亜がリリアンにもう少しこの世界に残るように話していたが、彼女はその翌日に愛依との入れ替りを果たした。
急に戻ってきたことで、愛依は混乱しながらも戻れたことをとても喜んだ。勿論、凛々亜も一緒に喜んだ。
そして、凛々亜は自分と愛依の身に起こったことと、リリアンのことを話した。
最初は驚きを見せていた愛依だが、「道理で、今はいつもの凛々亜ちゃんだと思った~!」と笑顔を見せてくれた。
「じゃあ、私があの頃接していたのはゲームの中からやってきたリリアンなんだね。話し方もちょっと変わってから、それを聞いて、ゲームの中に入り込んでいた身としては納得だよ」
そうして二人は一頻り自分たちに起きたことを話した後、リリアンが枕元に残していた二通の手紙に気が付いた。
一通は凛々亜に宛てたもので、嘘を吐いて黙って居なくなったことに対する謝罪と、これまで良くしてくれたことに対するお礼が綴られていた。
もう一通は愛依に宛てたもので、記憶喪失と偽って接していたことに対する謝罪と、何も知らないリリアンに色々教えてくれたことに対するお礼、それから、凛々亜として過ごした日々が愛依のお陰で楽しかったと記されていた。
そして、二人の手紙に共通していたことは、魔女の力によって入れ替わりという形で巻き込んでしまったことへの謝罪だった。
「三人揃って過ごすことはなかったけれど、二人は私にとって大切なお友だちです、か……」
なんともリリアンさんらしい手紙だと、凛々亜は感じた。
「もう会えないけれど、ゲームを通して見守っていてね、だって」
それぞれ、手紙の最後に書かれていた文章は同じだったようで、凛々亜と愛依は顔を見合わせた。そして、クスクスと笑い合う。
「じゃあ、私たちはもう一人の親友のお願いを叶えなくちゃね!」
「そうだね!」
こうして、愛依が退院してからも凛々亜と愛依は休日に顔を合わせるようになった。
愛依は『カレラブ・2』のカセットを用意し、凛々亜はゲーム機本体を用意して、二人で時間が許す限り画面を眺める。
凛々亜も『カレラブ・2』のソフトを購入したが、何度プロローグから試してもリリアンがいるゲームの世界には入れなかった。そして、愛依も『カレラブ・2』を持っていても自分のゲーム機ではリリアンがいるゲームの世界には入れなかったのだ。
二人が持っているそれぞれを組み合わせることで、初めてリリアンに会える。
それが何故かは分からないが、凛々亜も愛依も二人が揃った時にリリアンに会えることに意味がある気がしていた。
この時間は愛依と凛々亜とリリアンの三人が揃う貴重な時間なのだ。
因みに、愛依がヒロインに“カリン”と名付けていた件については、名前をデフォルト設定のまま進めてしまったからだった。『カレラブ』ではヒロインに名前を設定する際、最初はランダムに名前が入れられている。それを任意で変更するのだが、愛依は早くプレイしたいあまり、Aボタンをポチポチした結果、誤って確定してしまったと言う。名前はあとから変更も出来るため、ついついそのままにしていたようだ。
「こうやってリリアンを見てたら、ベアトリスって本当は凄く賢くて優しい子なんだなって、思うんだよね」
不意に溢された愛依の言葉に凛々亜は「分かる!」と同意する。
「でも私、ゲームの中にいた時は、ベアトリスは悪役令嬢だからって、ゲームの知識を使って彼女に沢山酷いことしちゃった……」
「えー? なにそれ、凛々亜ちゃんが悪役令嬢になってるじゃん」
ケラケラと愛依が笑うのにつられて、凛々亜も「そうなんだよ」と笑う。
「今思い出しても、ゲームの中とはいえ、どうしてあそこまでしたのか自分が怖いんだ。……でも、だからこそ、こうしてベアトリスとアルバートが幸せそうだと嬉しい。……まぁ、ちょっと複雑な気持ちもあるけどね」
凛々亜からしんみりした声が落ちた。
「ベアトリスとアルバートが結ばれて、リリアンさんは憧れのベアトリスと再会して。この世界だと『カレラブ』に出てくるキャラクターみんな幸せそうだよね」
「そうだね。本来のストーリーだと、ヒロインが攻略対象者と結ばれてそこで終わりだもんね」
相槌を打つ愛依に凛々亜は続ける。
「こういうのを見ていると、これがこのゲーム最大のハッピーエンドなのかな、って思うんだ。勿論、リリアンさんは本来の身体を失くしてしまっているから、完全なハッピーエンドじゃないけれど、それでも、ベアトリスと会えて凄く嬉しそうだし、ベアトリスの周囲の人たちも幸せそうだから」
「私もそう思う。きっとリリアンはアイリーンとして、これから幸せになるんだよ」
二人の視線の先には、アイリーンとしては初めましてになるベアトリスとの再会を果たすリリアンの姿があった。
「何となくだけど、レジナルドといい感じになりそうじゃない?」
「あー、分かる~!!」
その後、凛々亜と愛依はしばらくリリアンが誰と結ばれるかで盛り上がったのだった。




