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婚約解消寸前まで冷えきっていた王太子殿下の様子がおかしいです!  作者: 大月 津美姫
7章

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114 幸せの約束の証

 パーティーは大きなトラブルもなく、予定通りに過ぎていく。ダンスタイムではパートナーや友人と踊る生徒が大半だった。


「見て! アルバート様とベアトリス様よ!」

「ダンスも息ピッタリ。とってもお似合いですわ!」


 ベアトリスとアルバートが心を通わせてから初めて踊ったダンスは、二人にとって夢のような一時で、あっという間に過ぎていく。

 周囲が二人を素敵だ、お似合いだと褒める。その言葉が聞こえて来る度に、ベアトリスとアルバートはくすぐったさを感じながらも、心が満たされていった。

 ベアトリスは殆ど忘れてしまったことだが、ベアトリスを悪く言う生徒はもういない。今は、ベアトリスとアルバートの仲睦まじい様子を羨み、憧れを抱く生徒たちばかりだった。


 学園のパーティーは普段の舞踏会とは違い、同じペアで立て続けに踊っても問題はない。そのため、中には殆どパートナーとだけ踊るペアも存在した。だが、アルバートは王太子であり、生徒会長でもあるため、誘われた場合は応じていた。それは、エセッレ公爵令息であるフランクも同じだった。


 特にこの二人は人気が高く、順番待ちの令嬢が絶えなかった。そのため、ベアトリスはまだ一度しかアルバートと踊れていない。

 とはいえ、それはベアトリスも似たような状況だった。

 ベアトリスに憧れを抱いていた男子生徒が、ここぞとばかりにベアトリスにダンスを申し込んだのだ。

 中には、以前リリアンの魅了の秘薬被害に遭って、ベアトリスを非難していた令息も含まれている。だが、「あの時はどうかしていた」と、謝罪してくれる生徒が殆どだった。ベアトリスは記憶を失った後のことは覚えていない。そのため、酷いことをされたり、言われた記憶がない人物ばかりだが、そんな彼らを無下に扱うことなど出来るわけもなく、ベアトリスも誘いに応えていた。


 流石に立て続けに踊るのは疲れますわね。


 何人とペアを組んだか途中で数が分からなくなる程、ベアトリスは数人の令息と踊った。軽い疲労で頭がふわふわする中、曲が終わって一度ダンスから解放される。


「ベアトリス嬢、次は私と──」

「失礼」


 そんな声と共に、ベアトリスを次のダンスに誘おうとしていた令息の肩をポンッと叩く人物がいた。


「おい! 割り込みは──っ!?」


 振り返った令息は驚きで言葉が途切れる。


「アッ! アルバート様!!」

「少しベアトリスと話がしたいんだけど、いいかな?」

「も、もももっ! 勿論です!!」


 令息はアルバートに道を空けるように、サッと横にズレた。


「ありがとう」


 にこっと笑顔で対応したあと、アルバートはぼんやりしているベアトリスの手を取る。


「少し休もう」


 そう告げると、アルバートはベアトリスの手を引いてゆっくり歩き出す。


「ありがとうございます。アルバート様」


 アルバートが連れ出してくれなければ、ベアトリスはまたホールで踊っていた事だろう。


「構わない。私も休みたかった所だ。だけど、もっと早く来れば良かったね」


 僅かに息の上がったベアトリスを気遣って、アルバートはベアトリスの肩を抱き寄せた。


 軽食エリアで互いに飲み物を選んで、ホッと一息付く。


「少し、外で風に当たろうか」


 アルバートに提案されて、ベアトリスは「えぇ」と頷く。ずっと踊り続けていたため、身体が火照っていたところだ。有り難いと思いながら、飲み物のグラスを持ったまま、バルコニーへ出た。


 ホールの熱気から解放されると、心地よく穏やかな風がベアトリスたちの身体を包む。

 ダンスの授業や学園の催しがある時は、いつもこのホールにお世話になってきた。そんな賑やかなホールもバルコニーはとても静かだ。


 ホールの中には沢山の生徒がいるのに、バルコニーには数名しか人がおらず、みな離れた場所でそれぞれパートナーや友人と寄り添って静かに何かを話しているようだった。


「ベアトリス」


 名前を呼ばれて、ベアトリスはアルバートを見上げる。

 何処か緊張した様子のアルバートの声は僅かに震えていた。彼はグラスをバルコニーの手すりの上に置くと、胸の内ポケットから小さなベロア生地の小袋を取り出した。


「ずっと、考えていたんだ。ベアトリスにプレゼントを贈るなら何が良いか」

「ドレスを贈って下さったことですか?」


 プレゼントと言われて、ベアトリスはパッと思い付いたアルバートからの贈り物を口にする。


「いや、それとは別だ。それは婚約者として当然の贈り物をしたまでだからね」

「それでも、わたくしはとっても嬉しかったです。アルバート様から心の籠った贈り物を戴きましたもの」


 その言葉にアルバートは照れ臭さを感じて「ありがとう」と微笑んだ。だけど、その表情にほんの僅かに影がさす。


「だけど、私はベアトリスの婚約者でありながら、幼少期の君の好みしか知らないことに、君が記憶を失う少し前に気付かされたことがあってね」

「……そうでしたのね」


 思えば、ベアトリスとアルバートは公務や妃教育などもあり、会える時間が限られていた。

 その時間を補うために婚約者同士のお茶会があったわけだが、王立学園でリリアンがアルバートに接近してからは尚更だ。


「これは、私の決意の証だ」


 そう言ったアルバートは小袋の仲から小さな何かを取り出す。


「ベアトリス、手を出して」

「えっ? こ、こうですか?」


 言われるがまま、ベアトリスはアルバートと同様にグラスを手すりの上に置くと、彼に掌を向けて差し出した。

 その様子にフッと笑いながら、アルバートはベアトリスの手を柔らかく包み込んだ。そして、片膝を付いてしゃがみ込むと、優しい動作で手の甲を上に向ける。


「アルバート様?」


 突然の行動にベアトリスは戸惑う。そして、次の瞬間、ひんやりとした感触のものがベアトリスの薬指に嵌められた。


「!」


 驚きの表情を見せるベアトリスの頬は紅葉していた。ドキドキと心臓が音を立てる。


「幼い頃に贈った婚約指輪はもうサイズが合わないから、新調してみたんだ。……どうかな?」


 キラリと輝くシルバーのリングはベアトリスにピッタリのサイズだった。

 アルバートが言うように婚約したばかりの頃に、贈られた指輪はもう小さくて、ベアトリスの指には収まらない。それでも、ベアトリスは今も大切に保管している。

 ドレスの採寸で指まで測られたのだが、それはこのためだったのだと、ベアトリスは理解する。


「……っ、嬉しい! とっても嬉しいです! 夜会の準備でお忙しかった筈なのに、わたくしのために、こんなに素敵な物まで用意してくださっていたのですね!」

「過去に君にしてきたことを思うと、これだけではまだ足りないぐらいだ。……私は王太子だから、君には普通のご令嬢とは違う道を歩ませてきた。そして、これからもそれは変わらないだろう。時には君を傷付けたり、困らせることもあると思う。それでも、私はベアトリスと一緒にいたいんだ。だから、私に末長く君を幸せにする努力をさせてくれないか?」


 真剣な表情のアルバート。彼が緊張していた理由はこれだったのだと、ベアトリスは理解する。


「元より、わたくしはアルバート様をお慕いしています。アルバート様と一緒に居たいのは、わたくしも同じですわ。ですから、わたくしにもアルバート様を幸せにする努力をさせていただけませんか?」


 そこまで言うと、ベアトリスは顔が熱く感じた。

 外はひんやりしている筈なのに、それを上回る熱が身体から喜びと共に溢れてくるようだった。


『きっとパーティーの終盤にはもっといいことがあるよ』


 あぁ、先ほどフランク様が仰っていたのは、きっとこの事だったのね。


 気が付くと、アルバートはプロポーズをしたつもりが、ベアトリスにプロポーズし返されていた。

 ベアトリスの返事に、アルバートは思いがけない形で嬉しさが込み上げた。


「ベアトリスには敵わないね」

「お互い様ですわ」


 二人は微笑み合うと、アルバートは立ち上がる。だけど、手は離れないようにしっかり握り直した。


「私と、もう一曲踊っていただけますか?」

「勿論、喜んで」


 グラスを片手に二人はホールへ戻ると、飲み終わったそれを所定の場所に置いて、流れる動作でホールの中心へ向かった。


 今夜、二度目のダンスを踊ったベアトリスとアルバートはとても幸せそうだった。

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