110 近づく別れの寂しさ
リリアンたちは休憩と称して、病院内の小さな売店で買ったジュースとお菓子で、無事に凛々亜が元の身体に戻れたことをお祝いした。
リリアンは今後の凛々亜に必要になりそうな学校での出来事を伝えた。そして、凛々亜も自身にとってはあまり良い思い出ではないが、処刑前にカモイズ伯爵夫妻と話した内容を打ち明けた。
「そう、お父様たちはそんなことを仰ったのね……」
凛々亜から聞いた両親の言葉に、リリアンは視線を落とした。
「リリアンもリリアも大切な娘、かぁ。……両親は長い間待ち望んでわたくしを授かったと言っていましたわ。だから、わたくしたちを選ぶか領民を選ぶか、最後まで悩んだのではないかしら?」
「だとしても、娘を見捨てるなんて信じられない」
「そう、ですわよね。だけど、貴族はそんなに単純な地位じゃありませんもの。領民たちのお陰で自分たちの暮らしが成り立っている訳ですからね。まぁ一言で言えば、貴族にはそれなりの責任が伴う、ということですわ」
「私も長く向こうにいたから、考え方は分からなくはないわ。でも、分かりたくはないかな……」
凛々亜にとって、親は子どもを心配して子どもを優先してくれる存在だ。ずっと入院していた頃、凛々亜の母はそうしてくれていた。だから、凛々亜にとってはリリアンを見捨てる選択をしたカモイズ伯爵夫妻が信じられなかったのだ。
やっぱり、貴族ってよく分からないと凛々亜は思った。
「凛々亜さん、教えて下さってありがとう。ゲームのシナリオには貴女と両親の面会シーンは出てこなかったから、聞けてよかったわ」
「お礼を言われるようなことは何一つ無いよ。……リリアンさんの戻る場所を奪ったのは私だから。寧ろ、攻められても仕方ないと思っているぐらいだし」
リリアンの身体を処刑に追い込んだのは凛々亜だ。その罪悪感は一生消えそうにないと、凛々亜は感じていた。
「あっ! ゲームと言えば、私がこっちに戻って愛依の身体で続編をプレイしてた時、ゲームの画面に砂嵐が出てきたんだよね」
「砂嵐?」
思い出したように呟かれた凛々亜の言葉にリリアンは首をかしげる。
リリアンはこちらの生活に慣れてきていたが、こういった滅多に起こらない電子的な不具合は彼女が経験したことがないため、説明が難しい。凛々亜はどう説明すればリリアンに伝わるか頭を捻る。
「えっと、ジジジッって音がして、画面にザザァっとノイズが走るというか……」
「ノイズ??」
聞き慣れない言葉にリリアンは首をかしげる。だけど、凛々亜の拙い説明はリリアンにも覚えがあった。
「それ、凛々亜さんがゲームの世界にいた頃、わたくしも見たことがありますわ」
「えっ? 本当!? じゃあ、私のゲーム機も壊れてるのかな」
凛々亜が嘆く。だけど、リリアンは彼女がショックを受けている意味をよく分かっていなかった。
「なにか問題がありますの?」
「問題大アリだよ! カレラブのゲームにそんな演出はないんだから!!」
「えっ? ……そうなのですか?」
「私は前作のゲームを一通りやり込んだから、間違いないわ」
「わたくし、そういうものだと思っておりましたわ」
「……」
何も知らないリリアンにとっては、画面に砂嵐が吹くことは普通だった。だけど、それは『カレラブ』の演出じゃない。
砂嵐が起こるのは私のゲーム機で『カレラブ』を開いたときだけ。愛依がいるゲームの世界と繋がることと、何か関係があったりするのかな?
ふと、凛々亜にそんな考えが過る。
「凛々亜さん」
リリアンに名前を呼ばれて、深い思考の世界に入りかけていた凛々亜は、ハッと意識を現実に向ける。
「色々あったけれど、一先ずは本来の身体に戻れたこと、本当におめでとう」
「な、何? 急に改まって。それ、さっきも聞いたよ」
「だって、今はお祝いの時間なのに、凛々亜さんがまた難しいお顔をされていたんですもの」
そう言うと、リリアンは彼女の手に自身の手を重ねた。
「わたくしね、知らない世界に来てしまったけれど、凛々亜さんと愛依に会えて良かったと思っていますのよ。わたくしにとって、お友だちと呼べるのは貴女たち二人だけだから」
「……」
リリアンは社交界デビューする前に、こっちの世界にやってきた。王家主催のお茶会で同年代の子たちとふれあう機会はあったが、それはほんの一時だったのだ。
「きっと、わたくしはもう直接愛依に会うことはできないから、凛々亜さんから彼女にお礼を伝えてもらえるかしら?」
「あ……」
そっか。と、凛々亜は気付かされる。
リリアンと愛依が入れ替わるのだから、それは当然のことだった。だが、凛々亜は何か違和感を感じた。出会って数日の関係だが、リリアンの纏う雰囲気が違う気がしたのだ。
もしかして、リリアンさんは今日にでも愛依との入れ替りを試そうとしている?
それは、いつか訪れる別れだ。実行しなければ、愛依はずっとゲームの中に閉じ込められたまま。リリアンも身体が違うとはいえ、元の世界に帰れないことを意味する。
それを意識した途端、凛々亜の胸に寂しさが溢れていく。
「リリアンさん、まだもう少しここにいるよね?」
凛々亜の問い掛けに、リリアンは「さぁ、どうかしら?」と微笑む。だが、その微笑みを凛々亜はよく知っている。淑女が本音を隠すときによく使うものだ。
「もう暫くこっちの世界にいなよ。退院したら、何処かに遊びに行かない? 私がこの世界を案内してあげる。それくらいなら入れ替わるのが遅くなっても愛依も許してくれると思うから」
「それは楽しそうですわね」
今度は「ふふふっ」と上品に笑うリリアン。その姿は、凛々亜には余裕な年上のお姉さんの仕草に見えた。
さっきから私が我が儘言ってリリアンさんを困らせてるみたい……。これじゃあ、どっちが年上なのか分からないや。
「……リリアンさんって、本当に八歳? 何て言うか、考え方とか凄く大人っぽいよね?」
凛々亜はリリアンに怪しむような視線を送るが、彼女はそれに、気付くこと無く答える。
「そうかしら? もしそうだとしたら、それは凛々亜さんのお陰ね」
「え? 私?」
思いがけない返答に凛々亜は自分を指差して、キョトンと瞬きを繰り返す。
「えぇ。だって貴女の身体にいた頃、困ったことがあると貴女が身に付けていた知識がわたくしに色々と教えてくれましたの」
「? どういうこと?」
「凛々亜さんが沢山お勉強していたお陰で、わたくしもその知識を得ることか出来たということですわ」
そう口にしながら、リリアンはあることに気が付く。
そう言えば、愛依の身体に入ってからはそれが一切ありませんわね?
先ほども“砂嵐”と言われても、リリアンは何も分からないままだった。それは、リリアンにとって凛々亜の身体が適応していたからなのだが、二人は知るよしもない。
「こちらの世界は、わたくしがいた世界より文明も遥かに先に進んでおりますわ。その分、楽しいことも沢山あるのでしょう。実際、凛々亜として学校に通うのは楽しかったですわ」
「だったら!」
「だからこそ、ですわ。帰るのが惜しくなってしまったら、余計にお別れが辛くなってしまいますもの」
「……」
寂しそうな表情のリリアンの表情を目にして、凛々亜は何も言えなくなってしまった。
凛々亜は俯く。これ以上はリリアンを困らせるだけだと、分かっているからだ。
「……凛々亜さんがそこまで仰るなら、退院の日まではここに残りますわ」
「本当に?」
「えぇ」
「絶対だよ?」
「分かりましたわ」
「私、明日も来るからね!」
凛々亜はそう念を押すと、リリアンの返事に満足して帰っていった。
病室に一人取り残されたリリアンは、引き出しから今朝購買で買ったシンプルなレターセットを取り出す。
「凛々亜さん、ごめんなさい……」
誰もいない病室に小さな声がポツリとこぼれ落ちた。
ここまでお読み下さりありがとうございます!
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お待たせしました!!
次回、久しぶりにベアトリスが登場します!
早くお知らせしたくて、久しぶりに週二回目の更新をしてみました。
まさか、ここまで凛々亜たちのお話が長くなるとは思っていなかった私としても、やっぱりベアトリスたちは書いていて楽しいです!
次回、更新まで暫くお待ち下さい。




