109 愛依がいるゲームの世界
「ん……」
眩しい日の光でリリアンは目を覚ました。視界に広がるのは凛々亜の部屋の天井。──ではなく、すっかりお馴染みになった病院の天井だ。それを目にしたリリアンは理解する。
良かった! 入れ替わりは上手くいきましたのね。
そうは思うものの、リリアンは顔を確認するまで入れ替りが成功したかどうか、確信が持てなかった。
ベッドから起き上がると、備え付けの洗面台へ急ぐ。そこに映る愛依の姿にようやく肩の荷が降りた気がして、安堵の息を吐いた。
凛々亜を元の身体に戻せた。その事実にリリアンは頬を緩める。無意識だったとはいえ、自分の願いに彼女を巻き込んでしまったと知って、心苦しかった。だから、今回は怪我や体調不良なしで凛々亜と愛依の身体に入っている魂が入れ替わるようにお願いした。
そのお陰か、前回までのように階段から落ちたり、急に熱が出たりすることなく入れ替わることに成功した。
凛々亜さんももう起きた頃かしら? もしかすると、今頃は久しぶりのお家で家族と再開して喜んでいるかも知れませんわね。
入れ替わりに成功してもしなくても、凛々亜とリリアンは今日も会う約束をしている。面会可能時間が来たら凛々亜が愛依のお見舞いに訪ねて来る筈だ。
その前に、リリアンは確認しておきたいことがあった。直ぐ側に置いてある凛々亜のゲームを起動する。正確にはゲーム機本体は凛々亜のもので、カセットは愛依のものだ。
リリアンは初めて『カレラブ・2』をプレイするが、前作の攻略対象者に新たな攻略対象者が加わっていることは、凛々亜の病室にあった新作のパンフレットで把握済みだ。
今作はスティソル王国が舞台であり、新たに追加された攻略対象者は、王子二人と公爵家から一人。
そして、悪役として王女のアイリーンが登場する。そのアイリーンに今は愛依の魂が宿っていると、リリアンは凛々亜から聞いていた。
リリアンはストーリーログから、これまでのストーリーを見返す。プロローグでは『カレラブ・2』のヒロインでソウレルン男爵令嬢のカリン視点でストーリーが進んでいく。だが、それを終えると何故か王城の一室で寝込むアイリーンが映し出された。
目覚めたアイリーンは混乱しており、彼女が話すと“アイリーン(愛依)”で名前が表記された。凛々亜から聞いていた通りだった。
だけど、『カレラブ』で凛々亜さんがわたくしの身体にいた頃はこんな表記はなかったわ。それなのに、どうしてかしら?
そんな疑問を抱えながら、ストーリーを進めていくうちに、リリアンはあることに気が付く。
このゲーム、ヒロインは男爵令嬢なのに、ずっとアイリーン視点だわ。
何かおかしい。リリアンがそう感じていると、愛依の母親がお見舞いに来た。
「愛依ったら、またゲームをしているのね」
呆れ顔の母親にリリアンは苦笑いする。すると、「はい」と彼女からゲームの箱が手渡された。
「修理から返ってきたわよ。そのゲーム機は早く凛々亜ちゃんに返しなさい。ちゃんとお礼も忘れずにね」
「うん。分かってるよ。ありがとうお母さん」
リリアンは愛依の話し方を真似て返事をする。
「じゃあ、お昼休み終わっちゃうからもう行くわね」
どうやら仕事の昼休憩という貴重な時間を割いて会いに来てくれたようだ。愛依の母親は土曜日の今日も仕事があるらしい。
そう言えば、愛依のお母様は仕事場が病院から近いと言っていましたわね。とリリアンは思い出す。
愛依の母親と入れ替わるように丁度、愛依の昼食が運ばれて来た。そのため、リリアンは一度休憩して食事を取ることにした。
昼食後、リリアンはストーリーログの続きを確認しようとして、愛依のゲーム機が返ってきた事を思い出した。愛依のゲーム機にカセットを入れ替えて、“続きから”を選択する。だが、現れたセーブデータの内容はかなり序盤で止まっていた。
「……あら?」
どうしてかしら? と疑問に思いながら、セーブデータが保存された日付を確認すると、リリアンが最後に愛依に会った三日前の日付になっていた。
それは丁度、ゲーム機の調子が悪くなったと愛依が話していた日と一致する。
疑問に思いながらも、ボタンを押してゲームを進めると、今朝ストーリーログで見た内容とは違って、カリン視点でストーリーが進んでいく。そして、カリンとアイリーンが登場するシーンが現れた。
アイリーンが話すと、その名前が表示される。だけど、そこに“(愛依)”の表記はなく、“アイリーン”とだけ記されていた。
「これは……」
愛依がいない。
ゾッとしたリリアンは、セーブせずにゲームの電源を切ると、凛々亜のゲーム機にカセットをセットし直した。そして、“続きから”を選択する。すると、先程とは違って今朝までプレイしていた時間のセーブデータが現れた。
恐る恐るセーブデータを選択してストーリーを進めると、アイリーン視点でストーリーが始まり、そこに“アイリーン(愛依)”の表記が現れた。瞬間、リリアンは心底安心して「はあぁぁぁ」と大きく安堵の息を吐いた。
「良かったぁ~! 愛依が居なくなってしまったの
かと思いましたわ!!」
とはいえ、困ったことになりましたわね……と、リリアンは頭を抱える。
凛々亜のゲーム機と愛依のカセットの組み合わせでなければ、愛依が入り込んだゲームの世界を開けられない可能性が出てきたのだ。
どうしましょう? ゲーム機本体は凛々亜に返却するにしても、愛依のカセットがないと状況を把握できませんわ。
リリアンがそう思ったとき、ガラッと病室の扉が開いた。パッと振り向くと、息を弾ませた凛々亜が立っている。
「……リリアンさんっ、だよね?」
戸惑った様子の凛々亜にリリアンも一呼吸おいて「えぇ。そうよ」と頷いた。瞬間、凛々亜がリリアンにガバッと抱き付いた。
「えっ!? ちょっ、ちょっと!?」
「ありがとう!! 私っ、私! リリアンさんのお陰で元の身体に戻れました!! 本当にありがとう!!」
ギュッと強く抱き締められたリリアンはその強さの分、凛々亜が身体中で喜んでいるのだと感じた。
「いいえ。どういたしまして」
グスグスと鼻を鳴らす音が聞こえてきて、リリアンは凛々亜が落ち着くまでその背中を撫でた。
◇◇◇◇◇
「それ多分、SDカードを入れ替えてないからじゃない?」
「SDカード?」
「ゲームのデータを記録しておく媒体のことだよ。本体にも記録できるんだけど、保存できる容量が限られているから。……前のデータが残っていたのは本体にバックアップされてたとかじゃないかな?」
凛々亜が来る直前に気付いた問題点を伝えると、彼女は凛々亜のゲーム機から取り出した小さなカセットのようなものを愛依のゲーム機にセットした。その状態で“続きから”を選択すると、現れたのはつい少し前に保存された今日の日付だ。
だけど、ゲームの内容はかなり序盤で止まっており、視点もカリン視点でアイリーンの名前に“(愛依)”の表記はなかった。
「えっ? 何で??」
どうやら、凛々亜にとっても予想外のことらしい。確認のために、もう一度SD カードを元に戻した状態で『カレラブ・2』を起動すると、アイリーン視点でゲームが始まって“(愛依)”の表記が現れた。
「……多分だけれど、リリアンさんが言うように私のゲーム機じゃないと、愛依がいるゲームの世界を覗けないみたい」
凛々亜の言葉にリリアンは頷く。
「やはりそうなのですね。……もしかすると、私がゲームを通してベアトリス様や凛々亜さんの様子を見られたのも、凛々亜さんのゲーム機だったからかもしれませんわ」
「だとすると、愛依がいるゲームの世界は私たちが知っているゲームの世界なのかも……」
凛々亜の呟きに、リリアンは「え?」と驚きの声を漏らした。
「私、昨日眠るギリギリまで『カレラブ・2』をプレイしていたんだけど、アイリーン視点でストーリーが進むのは、どう考えても本来のゲームシナリオじゃないの。だって今回は男爵令嬢がヒロインだから」
「それもそうですわね」
そう、『カレラブ・2』のヒロインはあくまで男爵令嬢だ。
「それに、愛依は前作でヒロインに“アイ”って名前を付けてプレイしていたの。乙女ゲームだし、自分の名前かそれに近いもの、もしくは気に入った名前を付けて楽しむのが醍醐味といっても過言じゃない。だから彼女は自分の名前を付けていた。それが、続編では“カリン”なんて、自分に無関係な名前を付けるとは思えないわ」
リリアンはハッとする。
「だとすると、カリンの中には凛々亜さんの時のように別の誰かが入っているのかもしれませんわね」
「あ! 確かに! だって、ヒロインの名前は自由に決められるのに、“カリン”って付いているのは変だよね??」
「ですが、カリンさんが入れ替わっているとしたら、わたくしには覚えがありませんわ。……どなたか別の魔女の願いが関係しているのかしら?」
そこまで考えたところで、二人は黙り込んだ。昨日もあれこれと推測を巡らせていたため、頭が疲れてしまったようだ。それ以降は推測すら浮かばなかった。
リリアンがふうっと息を吐く。
「……とりあえず、分からないことは一旦置いておきましょう。私たちの入れ替わりは成功したんですもの」
その言葉に凛々亜は「そうだね」と頷いた。




