106 凛々亜の後悔とお人好しのリリアン
黙っている凛々亜に、リリアンは「思い当たる節がありますのね」と微笑んだ。
「それでも、私は貴女が自分よりも他人を応援したことを理解できない」
「別に理解してほしくて話しているわけではありませんから、問題ありませんわ。それに、わたくしはアルバート様をお慕いしていた訳ではありませんし」
王子様の婚約者になれるかもしれないのなら、良い話には違いないのに。そう思った凛々亜は「変わった人ね」と呟いた。それを聞いたリリアンはくすくすと笑う。
「でも、“ベアトリス様とアルバート様の仲が上手くいくように”という願いは、内容が抽象的すぎましたのね。だから、わたくしは凛々亜さんと入れ替わることで、ゲームを通してベアトリス様とアルバート様を自分が思う二人の仲へ導くことで、願いを叶えることになったのだと思いますわ」
確かに。“仲がうまくいくように”というのは具体性がない。友達としてなのか、恋人としてなのか、様々な可能性を秘めているといえる。だが、凛々亜はそれが原因で自分たちが入れ替わったという推理が腑に落ちなかった。
「幾らなんでもそれはどうかと思うわ。貴女がゲームをプレイしない可能性もあった訳だし、そもそも私と入れ替わったことだって、貴女の願いとは関係ないわよね?」
そう、あくまでもリリアンが願ったのはアルバートとベアトリスに関することだ。そこにリリアンが関わったとしても、住む世界すら異なる凛々亜には一切関係がない。
「だけど、わたくしは愛依にゲームの存在を教えてもらった。そして、自分が生きていた世界がその中にあった。そうなれば、わたくしが興味を持つのは自然な流れだと思いますわ。……わたくしがゲームをプレイするのは必然だったのよ」
必然、……本当にそんなことが? と、凛々亜は疑う。
「それと、貴女とわたくしが入れ替わった理由は、恐らく貴女が『カレラブ』をプレイしていたことと、生死の境を彷徨っていたことが関係していると思いますわ」
昔、生死の境を彷徨った人が異世界の人と入れ替わったことがあったんですって。と、リリアンが付け足す。
「それじゃあ、私は貴女の願いに巻き込まれたってこと?」
「……恐らくね。わたくしが願った翌日に急に倒れたとはいえ、、入れ替わるまでに少し時間がありましたもの」
そう言われても、凛々亜はすぐに受け入れられない。
「意味分かんない」
「……ごめんなさい」
リリアンは申し訳なさそうに眉を歪める。
勝手にゲームの世界へ連れてこられていい迷惑だ。凛々亜はそう思う反面、ゲームの世界に来てから、健康的な身体で病気も忘れて元気に過ごせたこともまた事実だった。
あれ? だけど、リリアンも昔は病弱だったと侍女と伯爵夫人が言っていたよね? ……もしかして、私たちが入れ替わったことでお互いに病気が治ったとか? でも、そんなことあり得るの?
そう思った凛々亜だけれど、実際のところリリアンの身体は入れ替わってからは元気だったし、余命宣告までされていた凛々亜の身体も退院できるまで回復した。そして、愛依の身体も今は回復に向かっている。
副産的な効果なのかもしれないが、結果的にリリアンたちが健康的な身体を手に入れ始めているのは確かだった。
「謝らなくていいわ。リリアンさんも、知らずに力を使っていたんでしょう? それに、そのお陰で私の身体は元気になったみたいだし。どちらかと言えば、謝らないといけないのは私だわ。私は向こうの世界で貴女の身体を死なせてしまったんだもの……」
リリアンだった頃の凛々亜は、自分のやることに殆ど何も感じなかった。だが言葉にした途端、罪悪感が涌き出てきた。
「私、……本当に何してたんだろ。ずっと自分のことばかりだった。自分さえ良ければ、周囲の事なんてどうでもいいって思ってた」
凛々亜が呟くと、リリアンが顔を曇らせた。
「……そうね。貴女のことはゲームを通して見させて貰っていたわ。貴女は庇えないほど、酷い行いをしていたと思う。……だけど、凛々亜さんが過ちを後悔されているなら、これからわたくしと一緒にそれを挽回するしかないんじゃないかしら?」
俯いていた凛々亜はリリアンの言葉に顔を上げる。
「それは、……どういう意味?」
「言いましたでしょう? わたくしは魔女だと」
彼女の言葉の意味を凛々亜は直ぐには理解できなかった。だけど、頭の中で二、三度その言葉を咀嚼してハッとする。
「まさか! 貴女が願えば愛依を助けられるの!?」
「恐らくね。ゲームの中の人物と入れ替わるには条件がありそうだけれど、試してみる価値はあると思いません? 少なくとも、凛々亜さんのことは元に戻せると思いますわ」
「えっ!? 私、元の身体に戻れるの!?」
凛々亜の質問にリリアンは「えぇ」と頷く。
「わたくしと貴女が入れ替わるように願えば良いのですわ」
「!」
確かに、その方法が成功したら凛々亜は元の身体に戻れる。
「だけど、……リリアンさんはそれで良いの?」
この世界の時間の流れからして、恐らく彼女は漸くこちらの生活に慣れたばかりの筈だ。学校にも復学していたと聞くし、人間関係も増えたことだろう。
「気になさらないで。わたくしには戻れる身体がないのですもの。それなら、凛々亜さんと愛依さんを元に戻すことを優先的に考えるべきですわ」
「なっ!」
そう告げたリリアンに、凛々亜は呆気に取られた。そして、少し呆れた視線をリリアンに向ける。
「……薄々思っていたけど、貴女お人好し過ぎない??」
「そうかもしれませんわね」
そう言って、リリアンは上品に笑った。ベアトリスの件もそうだが、リリアンは他人の幸福を願う傾向があると凛々亜は感じた。そして、ハッとする。
もしかして、本来なら彼女が『カレラブ』のヒロインだから? ……って、それは考えすぎかな?
その後、二人は話し合いの末、リリアンの怪我の回復を待って入れ替わりを試すことにした。




